ダラダラしようよ

 すぐに車は家へ着き、僕とアユハは車から降りる。

 僕はアユハが玄関までの少しの距離も濡れないように、差した傘の中に入るように促す。


「ありがとう」


 ただいま、とアユハの声が響く。

 続いて靴を脱ぎ、リビングの電気を点ける。

 アユハが冷蔵庫を開けて、夕食の準備をおこなう。


 僕は淡々と準備を進めるアユハを横目に、テーブルの掃除や皿を用意する。

 そしてポツリと呟く。


 内容は、先ほどの車で話した内容だ。


「すみませんでした。急に水を差すようなことを言ってしまって」


 僕は思っていることをそのまま話す。



「実際問題分かっています。環境云々に関しては置いておいて、結果的には僕はあなたを認めているんでしょう。こうやって一緒の空間で生活して過ごして、あなたを拒むこともなくて」


「うん」


「誰かに共鳴して自分自身を見失う───それはよくある自然なことなんだということも、分かってはいるんです。でも、僕は思い通りにいかないことがとても気に食わないんです。僕にとってそれはとても歪に映る」



 気安く他人を認められない。思い通りにいかないと嫌。


 そんな僕の一部分が今もなお他人を拒絶している。

 アユハだってそう。


 これまで全てがそう…という訳ではないし、行動にもあまり露出してはいないが、僕の心ではどこかで彼女を認められていないと感じる。


「そうなんだ」


 野菜を切る手を止めず、アユハはいつもと変わらない調子で応える。



「そのわがままみたいな性格って、ずっとだったの?」


「おそらくそうです。ただ、自覚したのは数年前くらいですね。そこ辺りから自分の手に負えない事が増えてきて、そう思うことが増えてという感じで」


「それまでは大丈夫だったんだ?」


「まあそうですね。大体自分一人で出来ていたので、問題にぶつかることも少なく」


 僕はさっきのアユハの言葉を反芻して、考えたことを話す。


「先ほどあなたが言った通り、僕はそういう性格なんでしょう。単純に自分自身の順応性の低さに踊らされています」


 順応性の低さ。馴染めない方というよりは曲げれない方。

 僕の中にある典型的な反乱因子。


「そっか。じゃあこれから作戦会議だね」


 アユハはフライパンを煽るのを止めずにそう話す。


 僕がその言葉に反応してアユハを見るのと同時に、アユハも僕の方を振り返って見る。

 そして目が合うと、その整った顔がにかっとはにかむ。



「一緒に考えようよ。これから、お兄さんが苦労しないために」


「……それは、あなたにとっては退屈にはなりませんか?」


「う〜ん」



 アユハは考えるように呟き、いつも通りの飄々とした様子で続けて話す。



「多分気付いてないと思うけど、私もお兄さんのこともっと知りたいよ? 私だって力になりたい」


「……」



 出来上がった料理を皿に盛り付けて、今日の豪華な夕食が完成する。


「きっと些細なことだから気にしなくて良いとか言うんでしょ? でもさ、逆に考えてみてよ。本当に些細なことだったら私には言わないでしょ。もし本当にそうだったとしても、むしろ些細な事を話してくれたんだって、私は嬉しいよ」


 片付けを終えて、二人は向かい合って席に座る。


「美味しいご飯でも食べながら、ダラダラしようよ。本当の本当にどうでもよかったら忘れるでしょ?」


 僕はアユハのその調子に釣られて微かに笑う。

 僕の触れづらいであろう部分にも、いつもの感じで返してくれる。


 本当に変わらない彼女だ。



「いただきます」


「いただきまーす」

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