愛されてる
二人で車に乗り込み、家へと向かう。
言い忘れていたが、もう一つ変わった点がある。
アユハの距離感が近くなったことだ。
一ヶ月も同じ家で暮らしたんだ。
仲良くなるのは全然不思議なことじゃない。
個人的には、懐いているという表現の方が正しい気がする。
アユハは一人でも、僕が居なくても何も問題なく生きていけると思う。
そんな強い彼女だからこそ、こうやって誰かといることに意味を見出しているんだろう。
勝手ながらそう思う。
「今日の夕食って私の番だよね」
「はい、そうですね。よろしくお願いします」
「任せて。今日は気分良いから美味しいの作れる気がする」
「あはは、それは期待しています」
車は雨の中の道を進む。
不意に訪れた沈黙を消すようにアユハが呟いた。
「今の私結構幸せかも」
「……。そうですか」
「ありがとう。私の急なお願いに付き合ってくれて」
「気にしないでください。…多分、傘を忘れたんだろうなとちょうど思っていたので。僕が迎えに行かなければ、あなたは濡れたまま帰ることになりますから」
「うん。そうだね」
「はい」
「うん。愛されてる」
アユハが窓の外を眺めて、独り言を呟くようにそう言う。
信号待ちでブレーキを踏みながら、僕はアユハを一瞥する。
そして思ったことをそのまま話す。
「僕はあなたを愛しているつもりはないんですけどね」
「ん? どういうこと?」
「僕はあなたを愛していないということです。こんなことを言うのは憚られますが、あなたとは環境のおかげでこうやって一緒になっているんです。僕自身この生活は楽しいですが、でもその一緒に過ごしているという事実だけで誰かを愛せるようにはならないんです」
ブレーキを離してアクセルを踏み、車はまた雨の道を進む。
「もし環境によって僕が誰かを好きになったとして、僕はむしろそのせいで自分自身を見失うことになる気がします。……大人になって自立した人間になれと言われるのに、誰かと共鳴しすぎて自分自身を見失う人間はまさに僕のことです」
「……」
僕はコホンと咳をして続けて話す。
「こんな事あなたに話すのもおかしいですが、僕は立派な大人にはなれてない気がします」
立派な大人になれてない。実際本当にそうなんだろう。
この二人の共同生活は歪で、運命的な奇妙さがある。
それとは別に、こんな話は年下の女の子に話す内容じゃない。
それでも、アユハは黙ったまま僕をずっと見つめていた。
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