興味ない

 社会人の休日はまさにオアシスである。


 子供の時は休日も遊んでいたのに今ではどうだろう、朝目が覚めると時刻は十二時半。

 普通に寝過ぎだ……。


 書斎部屋は窓から朝日が差す絶好のスポットなのだが、正午になってしまえばただの真っ暗な部屋と化す。

 もぞもぞと布団から起きてメガネを手に取って、リビングへ向かう。


 大人になると遊ぶこと自体が減るので休日に楽しみはあまり感じない。

 仕事を休める事は普通にありがたいが、割とそれだけだったりもする。


 リビングのドアを開けると、アユハが昼食の準備をしていた。



「おはよー」


「おはようございます」



 テーブルに二人分の皿が準備されているのを横目にとらえる。

 どうやらアユハは僕の分も作ってくれているそうだ。



「僕の分まで作ってくれているんですね。ありがとうございます」


「気にしないで。いつも私のためにしてくれてるんだし」


「ありがとうございます」



 フライパンでソーセージを焼く音が心地良い。


 誰かがいる感覚、僕のためを思ってくれている感覚、年下の女の子が食事を作ってくれているという実感がどうにも居た堪れなくなる。


 それを気にしないためにスマホでニュースやらネットサーフィンやらいじって時間を潰す。


 誰かと共存するという感覚は素晴らしい。



「よし! 完成!」


「おぉ…!」



 アユハ作オムライスが僕の前に差し出される。



「美味しそうですね」


「デミグラスソースは市販だけど」


「それでは、いただきます」


「私も、いただきまーす」



 一口食べる。と、……美味しい。味の濃さも良い具合で卵がとろとろで口当たりもいい。


 うんうんとアユハも頷いていて、成功だったのだろう。


 そのまま食べ進み、あっという間に完食する二人。



「ありがとうございます。とても美味しかったです」


「どういたしまして」



 皿を洗って片付けて、すぐに手持ち無沙汰になる僕。


 今日はこれといって何かをする予定はない。

 アユハはリビングのソファーでスマホをいじってくつろいでいる。



「今日は授業も何もないんですか?」


「ううん、授業はあるけど動画見てレポート書くだけのやつだから、別に出席する必要はないの。だから実質休み」


「そうなんですね。……そういえば、朝は食べました? もしそうだったら僕を起こしてくれても構わなかったのですが…」


「……」



 僕のその言葉にアユハはスマホから視線を上げてじっと僕を見つめる。

 その大きくて淡いターコイズグリーンの目は、それだけでは何を考えているか分からない。



「こっち来て」


「? はい」


「ここ座って」



 僕はアユハに言われるがままソファーの前まで行き、アユハの隣に腰掛ける。

 そしてアユハはそのまま僕の膝の上にコトっと頭を置く。

 いわゆる膝枕の体勢になる。


「そんなに私のこと心配?」


 アユハはなめらかな紫の髪を耳にかけながらそう話す。



「……いえ、何と言えば良いんでしょうか。…気が気でないというか、胸のとっかかりがどうしても気になってしまって」


「ふーん」



 アユハは視線をスマホに向けたまま平坦な調子で続けて話す。



「私は心配される方よりも、こうやって私のために何かしてくれた方が嬉しいけどね。…もちろん心配されるのも嬉しいよ? ちゃんと私のことを見てくれてるんだなと思うし」


「…」


「でも、それでも。結果的にでも、今私たちがこうなってるんだから、それが良いんだよ。多分」


 アユハはスマホをいじりながら、淡々とした調子でそう言った。



「……なんか、あなたは幸せになれなそうですね。……言葉が悪いですけど。もっとちゃんとしたステップを踏んで、段々と少しずつでも歩んでいけばきっと良い結果があるというのに」


「私そういうの無理。興味ない」


「はぁ、そうですか…あはは」



 なぜかため息と同時に少し笑う僕。


 やっぱり彼女の飄々とした立ち振る舞いは風を切るように清々しい。

 でもそれとは裏腹に一人の人間として生きるために性に縋る。


 やり方がむちゃくちゃなだけでそれは普通のことだ。

 ただ単純に、彼女からはその様子が想像し難いだけの話なのかもしれない。



「本当に僕と出会って良かったですね」


「うん。そうだね」



 アユハはくるりと体の向きを変えて僕を見上げる。

 そしてにかっと笑って透き通った声で呟く。



「ありがとう」


「…。…この生活には慣れましたか?」


「実家のような安心感」


「それは良かったです」


「大学生になって一人暮らしをして分かったんだけど、誰かと一緒に居るって凄く大事だなって思う」


「そうですね」



 僕は自分の大学生活を思い出しながらアユハに質問する。



「彼氏とかいないのですか?」


「居た。……。うん、居た」


「居た。と言うと、もう既に別れたということですか?」


「そう。それとは一年いかないくらいだったね」



 うんうんと頷きながら続けて話すアユハ。


「私尽くしちゃう人でね、そいつに結構弄ばれてたの。私の髪が紫なのも耳のピアスも全部そいつに好きになってもらうためにやったの」


 ふーん、そいつの趣味なかなかじゃん。



「でも……」


「うん。向こうが私に飽きたって。ヒドイよね。まじで」



 その言葉に突然フラッシュバックするあの景色。


 床に散らばった衣服、大量の酒の空き缶、タバコの匂い。

 酔っ払った僕を部屋にまで連れたアユハ。

 支離滅裂な言動の数々。


 総合的に考えてもそれは想像に難くない。



「仕返しとかはしないんですか?」


「え、お兄さん元カノに酷い仕打ちしてた人なの?」


「いや、僕はこれまで彼女がいた事はないので仕返しも何も。というか僕がそれをしてたら今はもうここには居ないでしょう」


「あはは、そうだね」



 アユハはまた髪を耳にかけながら話す。

 そこから見えるピアスの数は五、六個ほどだ。



「私お兄さんに拾ってもらって良かったなー」


「…前にも言いましたが、あなたはもっと自分を大切にしてください。いつか自分の身を滅ぼすことになれば僕は止めれません」


「大丈夫。元カレのことはもう気にしてないから」



 そう健気に話すアユハを見て、心配はいらないんだろう、多分。

 それでもどこか見え隠れする危うさがどうしても気になる。

 それが彼女の良い部分だと言うのなら、それは紛れもなく皮肉だ。


 僕はただ言葉を投げかける事しかできない。



「え? マジ? 絶対買う絶対買う絶対買う! お兄さん! この家の住所教えて!」


「─────────です」


「ありがとう!」



 でも現実にフォーカスしてみると、何も問題がないように思える。

 人はみんなそうやって生きているということは割と最近知った話。

 不思議だ。僕たち人間って。



「…あの、すみません」


「何?」


「そろそろ部屋に戻りたいのですが……」


「あぁ、ごめんね」


「いえ、お気になさらず」



 微かに気持ち悪さを感じて僕は足早にリビングを立ち去った。

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