良いですねって、なんか……
玄関のドアを開けると、部屋の明かりがついている事が不思議と嬉しくなっている自分に気付く。
多分、ずっと一人だった僕にとってこの家が、安らぎのある場所に取って代わってくれたという感覚が芽生えているんだろう。
僕はリビングのドアをちゃんと音を立てて開ける。
「今帰りま───」
僕は目の前の光景を見て思わず硬直してしまう。
目の前にはメイド服を着たアユハが鏡の前でポージングをしている。
アユハは振り返って僕を見る。
「あ、おかえりー」
おかしいんだけどおかしくないと思える『おかえり』の言葉。
そんな事より他にツッコむところが多過ぎる。
「えっと…、何されてるんですか」
「メイドの練習だけど」
「それはそうなんですけど……」
とりあえず一つ一つ気になる事を聞いていく事にする。
「そのメイド服は?」
「これ? かわいいでしょ」
「いや、確かにそうですけど……。バイトは辞めた筈ではなかったのですか?」
「バイト? ……あー、これは大学で作ってるメイド服なんだ。ほらちゃんと見て。ココとか違うでしょ? ココとかも」
「……?」
アユハがメイド服のパーツをそれぞれ指差す。
違うとか言われても、僕にはさっぱり分からない。
すぐにアユハはスマホを取り出し一枚の写真を見せてくる。
それはあのメイドカフェのメイド服を着たものだ。
メイド服の細かいところが分からない僕にアユハは丁寧に教えてくれた。
その様子から服が好きなのが伝わってくる。
「……それで、どうしてメイド服なんですか?」
「私が大学の課題でメイド服を選んだ理由ってこと?」
僕は無言で頷く。
それを見てアユハは続けて話す。
「かわいいからだけど」
「あ、そうなんですか」
思ったよりシンプルな答えに僕も素っ気ない返事をしてしまう。
「だってメイド服ってかわいいじゃん。かわいいは正義なんだから」
そう言ってくるりと一度回るアユハ。
大きなフリルが付いた豪奢なスカートは少し浮かび、白いソックスがチラりと見える。
黒と白のパキッとした色なのに、いやパキッとしているからこそシックで可愛らしい雰囲気に仕上がっている。
「やっぱり似合ってますね。メイド服」
「本当?」
「はい。メイドカフェで出会った時も思ってたんですが、あなたの普段の感じとギャップがあって、良いですね」
「…良いですねって、なんか……」
「頑張って言葉を選んでこれなので許してください」
そう言って僕は視線をキッチンへ移す。
そして買ってきた食材と冷蔵庫にあるものを使って夕食を作る。
仕事が終わって夕食を作る流れは会社員になってからずっと変わっていない。
最近になって変わったのはアユハがいる事だ。
料理を二人分作るというのは僕にとってはまだ新鮮に映る。
アユハの食の好みは知らない。が、どれも美味しそうに食べているので僕も特段気にしてはいない。
…それとあともう一つ、変わったことを挙げるならば、アユハが夕食の手伝いをしてくれる事だろうか。
今日もまたその姿勢を見せてくれるアユハを見ると、不思議な気持ちが浮かび上がる。
「そのままではメイド服が汚れてしまいますよ」
アユハは僕のその言葉も聞かない勢いで僕の隣に並び、夕食の準備を始めた。
その光景を横目に見ながら、僕もまた夕食の準備を進めた。
夕食も食べ終わり、今日の仕事も片付き、気付けば時刻は二十三時を回った。
二階にある書斎で仕事をしているが、その隣のアユハの部屋から笑い声が聞こえたりするのは未だ慣れない。
別に迷惑などではないが、僕以外の誰かが居るというのはやはり変な感覚だ。
シャワーを浴びに一階の浴室へと向かう。
階段を降りて廊下を歩いていると、お風呂上がり姿のアユハとバッタリ鉢合わせる。
程よく纏まったサラサラとした紫の髪、いつもはギラギラしているピアスはなく、素肌が露出された綺麗な耳。
アユハは僕を見るなり、首から下げたタオルで頬を覆った。
「お、おさきに」
綺麗で赤くなった肌をタオルで隠しているようだが、耳までは隠せていない。
そんなに恥ずかしがるようなことでもないと思うのだが。
そのまま過ぎ去って行こうとするアユハに振り返って声をかける。
「もう寝ますか?」
「まだ起きるよ? それがどうかした?」
「僕が明日仕事休みなので。朝は起きないかもしれないというのを言い忘れていたので言っておかないとなと思いまして。もし朝が早いのであれば僕を起こしてください。朝食を準備します」
「私もずっと家いるから大丈夫だよ。ありがとう」
「なら良かったです」
アユハはひらひらと手を振ってリビングへと入っていく。
そうやって静まり返る廊下に一人になってまた、浴室へ歩き出した。
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