ここキャバクラじゃないんですから

 パラパラと降る雨の中、傘を差して家までが一番近い繁華街の道を歩く。


 アユハとの共同生活が始まって、十日ほどか。


 彼女は大学生でスケジュールがあまり決まっていない。

 家に帰ると彼女が帰って来ていない時が何回かあった。


 連絡先の教訓を活かしてスペアキーを作った。


 朝の時間に彼女がもうリビングに居る日があった。

 あの飄々とした様子からは考え辛いアップダウンの激しい生活リズムらしい。


 繁華街の道を歩くと、アユハが辞めたメイドカフェが見える。


 この辺りで一風変わったファンシーな世界観のお店。

 呼び込み役の女の子が二人、その内の一人はプラカードを持っている。


 以前はあの役をアユハがやっていた。


 今はアユハとは系統の違うかわいい系の女の子が担当している。

 そしてアユハと違って、客を呼び込もうとする姿勢を感じられる。


 もう一人の女の子はこの前僕に話しかけて来た金髪のあの子だ。

 彼女は今日も頑張って働いているらしい。

 そうやってじろじろ眺めていたところをまた見つかってしまう。


 金髪のボブヘアを軽やかに揺らしながら、その女の子は僕の前にまで歩いて来る。


「お兄さ〜ん、もしかしてメイドカフェ興味あります? かわいいメイドが精一杯おもてなししますよ?」


 満点のスマイルを振りかざしながらそう話す彼女。

 どうやら僕の事は覚えていないようだ。


 そんな事に少しだけ嫌気がさすのも束の間、僕は少しだけアユハの事を聞き出そうと考えていた。


 本人に直接聞けばいい事ではあると思うが、それだと僕が満足する内容ではないことの方が多いだろう。

 僕が言う側なら、きっと取り繕って口当たりのない事をほざくからだ。


 だったら他の人に聞くのが良い。

 前回一緒に呼び込みをしていたこの子なら、何か知っているのかもしれないし。



「どんな子がいます?」


「んー、お姉さんタイプもいますし、普通にかわいい子も居ますし……、あ、ボーイッシュでかっこいいメイドもいますよ? お兄さんはどんな子が好きとかあります?」


「ちょっとクールな感じの子とかいます?」


「居ますよ! お兄さん、一緒に楽しい時間を過ごしましょ!」



 ……まずい。


 ビジネスの罠に掛かってしまう前に何とかしてアユハの事について聞き出そう。

 あとメイドカフェは別に興味はないので行きたくはない。

 僕は頭を回して質問する。



「一番人気の子は誰なんですか?」


「一番人気とかないですよ〜。ここキャバクラじゃないんですから、メイドカフェですよ」


「確かにそうですね…」



 どうしようかと考えていたところに、路地にある段ボールを見つける。

 これはアユハが世話していた子猫たちの住処だ。


 少し近付くと今は子猫が二匹いる。

 アユハが言っていた猫たちの名前は覚えてないため、どれがなんと言う名前かは分からない。


 だが、これは使える。


 呼び込みの金髪の女の子も僕に釣られて段ボールに視線をやる。



「子猫ですね」


「結構前からいますよ。この子たち」


「そうなんですか。…誰か世話とかしているんですか? それとも、ずっとこの状態で?」


「多分そうだと思いますよ。猫ちゃん割といるんですよねーこの辺。私がこの子猫たちのこと知ったのも、あの子が店長に話してるのを丁度見てたからってだけですし」


「? あの子って?」



 本当はアユハの事だと知っているが、僕は息を吐くように嘘を吐く。

 いや、嘘ってバレなければ良いんだから。



「…やっぱりお兄さん、この前もその子の事気にしてませんでした?」


「…。…覚えてたんですか。僕のこと」


「お兄さんカッコいいから覚えてたんですって! ……でもお兄さんが気にしてた子、実はこの前に辞めちゃったんですよねー」


「え? 本当ですか?」


「なんか急に辞めるって言い出して、それで本当に辞めたんですよ。店長はなんとか引き留めようとしてましたけど、笑顔でどっか行っちゃいましたね」



 その女の子は淡々と事実を述べるように話す。

 何というか、これまでのアユハから想像しやすい光景だ。



「でも、あの子めちゃくちゃ人気だったのになんで辞めちゃったんだろ」


「人気?」


「そうなんですよ。あの子ってちょっと冷たい感じっぽいんですけど、なんかそれが逆に好評だったんですよ。それですぐに指名の絶えない人気メイドちゃんの誕生です。時代はギャップですよ。ギャップ」



 目の前の金髪の女の子はまるで愚痴を言うようにどこか遠くを見ながら話した。


 どうやらアユハはメイドカフェの人気嬢だったらしい。


 確かバイトを始めたのは一ヶ月前だと言っていたのを思い出す。

 よっぽどアユハの接客が上手かったのか、それとも時代に即していたのか…。


 少し前だったら、もっと愛嬌のあるオタクの理想を詰め込んだかわいいメイドみたいなのが主流だったと密かに記憶していたが。

 本当に時代が変わったんだろう。


 僕がアユハについて何を聞こうか逡巡しているところに、またその金髪の女の子は話し出す。



「お兄さ〜ん、私たちと遊んで行きませんか〜? 今だったらキャンペーンが───」


「ごめんなさい、今日も急がないといけないんです。すみません、立ち話をしてしまって」



 そう言ってお店から逃げるように歩き出す。

 背後で何か聞こえているが、それも無視して帰り道を進んでいく。


 アユハの事を少しでも知れてよかったと思っている。


 もしかしたら収穫がゼロの可能性も考えると十分過ぎる結果だと言えるだろう。

 でも、この事を僕からアユハ自身に話すことはないだろう。


 それは僕自身のためでもある。


 根拠のない何かを期待して、そして打ちひしがれて傷付くのは全部僕自身のせいなのだ。

 だったら期待しない。

 近付かない。


「……いや、これでいいんだ」


 そう言い聞かせては、この時間とは思えないほど暗い雨の街。

 少しだけ、雨が強く降り注いで、地面に水滴が生き物のように跳ねて、僕の靴やら服やらに纏わりつく。

 僕はそれを気にしながら、同じ道を歩いていった。

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