どうして居候なんてしたんですか

 アユハはこの近くのデザイン系の学校に通っていると話していた。

 食事の時、僕にそう話してくれた。


 メイドカフェのアルバイトをやっていた理由は単純にお金が欲しいからだと。

 なぜメイドカフェにしたのか、本人はメイドに興味はないらしいが従業員が同性ばかりなのが決め手だと言っていた。


 仕事を進めるべく二階に上がって僕の書斎部屋まで向かう。

 その道中、アユハが住み着くことになった部屋の前で立ち止まる。


 部屋越しに物音が聞こえるが何をしているかは分からない。

 僕は何をする事もなく、ただそのドアの前で立ち尽くしていた。

 僕の家に、僕以外の誰かがいる感覚、それが───、


「痛っ!!」


 急に開かれたドアが僕のおでこに直撃する。

 普通に痛い。



「何……って、大丈夫? もしかしてぶつけた? ごめん!」


「い、いえ……。これぐらいは平気ですよ」


「でも、私のせいで怪我したから……」



 確かに焦りが見えているアユハを宥める。


「大丈夫です。大した怪我じゃないのでケアする必要は───」


 そう言っておでこに触れた時、ツーと血が垂れる。

 離した手のひらに少量の血。

 それを見てまた慌てふためくアユハ。

 またそれを落ち着かせる僕。


 一階のリビングに置いていた救急ボックスから絆創膏を取り出して、傷口を塞ぐ。


「ありがとうございます」


 多分扉の角が当たったんだろう。

 それでも軽い傷で済んでよかった。

 まだ不安の色を隠せていないアユハを見て、僕は質問する事にした。



「……どうして居候なんてしたんですか?」


「…っ!!」



 アユハは虚をつかれたような苦い表情をする。

 それを見て僕はすぐに自分の間違いに気付く。



「……すみません。言葉が悪かったです。僕はあなたを追い出したりしようとは考えてないので、安心して下さい」


「……」



 多分、アユハにとっては耳の痛い話だろうがどうしても気になってしまう。


 どうして居候をしたのか。

 どうして僕を選んだのか。


 代わりはいくらだっているし、僕は男だ。

 僕はそういう気持ちは全くないが、彼女の身が危なっかしい状況にあるのは彼女自身がよく理解しているだろう。


 ズキズキと鳴る胸の痛みを感じながら重たい口を開く。



「僕があなたに危害を加えようとか……、身体を、求めるとか……、そんな気は無いですがあなたはもっと自分を大切にするべきですよ」


「……。うん。だから、そうなるためにここに来たの」



 そう言い放つ彼女の目は、あの時見た真っ直ぐな瞳と同じだ。



「……僕が? 僕があなたにとってそうなるんですか? 全く理解ができないんですけれど」


「じゃあ聞くけど、今一番知りたい事は?」


「……? …まあ、あなたの事は知りたいですよ。これから一緒に生活するんですから」


「うん。そういうとこ」


「? どういう───」


 先程までアユハにまとわりついていた不安の色は消え、にかっと笑顔を作ってまた二階へと歩いていった。


 僕が彼女の言葉の意味を理解した時にはもう静寂が訪れていた。

 僕はため息を付いて、とある場面を思い出す。


 それは記憶に残っている、あの惨状。

 そこに小さくても生きているアユハという少女。


「はぁ、まったく……。あれもこれも環境のせいにするつもりですか」


 やけに清々しい気持ちが残った僕は席を立ちながら、ポツリと溢す。


「皮肉、ですね……」

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