第六話

卒業式も終わり、今は卒業パーティーの真っ最中。みんな思うように着飾って、学園最後の日を楽しむのだ。友達と思い出話に花を咲かせたり、先生方に感謝のサプライズ企画があったり、好きな人をダンスに誘ってみたり、たとえ婚約者がいようとも今日だけは皆目を瞑ってくれる。そんな楽しい卒業パーティーを私は親友たちと過ごしている。


「たーのしー!本当に風邪が治ってよかった!」


そう、本当に嬉しそうに笑いながら言うのは、イリス・ヴェラーネ子爵令嬢。好奇心旺盛で、落ち着きがな…とても元気な私の親友。健康優良児な彼女は珍しく、学園を風邪で二週間程度休んでいた。卒業式までに治るのか不安だったけれど、こうして元気にはしゃいでいるのを見ると、安心する。


「そうね。私、あなたが風邪をひいて休んでいる、と聞いて明日は隕石でも振ってくるのかと思ったもの。ねぇ、リシュエンヌ」

「でもまあ、雨に打たれたおかげで婚約者との距離も縮まったんだし、結果的にはよかったんじゃない?」


そう、今回彼女が体調を崩したのは、婚約者家族と行った旅行で地面の裂け目に足を滑らせて落ち、そのまま雨に打たれたらしい。一緒に歩いていたら騎士の婚約者が庇ったおかげで、怪我はなかったらしいが、ずいぶん危険なことをしたものだ。


「そういわれればそうだねー!カッコよかったよー!」

「あらあら」


頬を真っ赤に染めて言うもんだから、もう可愛いくて、自分の頬が緩むのがわかる。恋愛なんて1ミリも興味なし!って言い切っていたのが嘘みたい。


「楽しくお話ししているところ申し訳ありませんが、我愛しの婚約者殿。貴女と踊る栄誉を私にいただけませんか?」

「えぇ、よろしくってよ」


芝居がかった仕草でアリアドネをダンスに誘う第一王子。よくもまぁ、そんな歯の浮くようなセリフが似合うものだ。この美貌の第一王子が言うと全く違和感がない。アリアドネも乗っかってるし。


「行ってらっしゃい。楽しんで」

「いってらっしゃーい。私もオーエン誘ってこよ!リシュエンヌ、また後でね!」

「うん」


そう言ってイリスは、とてもドレスを着てヒールを履いているとは思えないスピードで婚約者の元へ向かっていった。


(一人になっちゃった。何しようかな)


元からコミュニケーション能力があまり高くない私には、多くの友達はいない。まぁ、自分から話しかけに行かなかったのだからしょうがないけれど…

お菓子でも食べようかと、体の向きを変えた時、こちらに無数の手が差し出された。


「ルナ伯爵令嬢!僕と踊ってくれませんか!?」

「ずっと前からお慕いしてました。お願いします、私と踊ってください」

「リシュエンヌ嬢、俺とダンスをしてくれ!!」

「リシュエンヌ様、最後の思い出として、僕を助けると思ってダンスに誘わせてください」


我先にと放たれる誘い文句の数々。周りがみんな婚約者がいるから、この可能性を失念していた(私にもいるのよ?婚約者)。この人たち全員と踊ったら足が持たない。かと言って一人だけ選んでも、あいつとは踊ったのだからと言われかねない。


(しょうがない、全員断るか…一回断ったら引くかなぁ?)


「えっと、みなさま?申し訳ありませんが私は…」

「すまないな。彼女は私と先約があるんだ」


面倒くさく思いながらも断ろうとした時、殿方と私の間にアルフレッドが入り込んできた。


「え?」

「さぁ、行こうか」


いまいち状況が飲み込めなくて目を白黒させている私の手を引いて、アルフレッドはさっさとダンスが行われている会場に連れて行き、片手を胸にあてて言った。


「私と踊っていただけませんか?リシュエンヌ」


少し顔に熱が集まるのがわかった。どうしてこんなに王家の人は誘い文句が似合うのかしら。こんなの…了承するしかないじゃない。


「喜んで」


私は笑顔で彼の手を取った。最後の思い出としてはいいじゃない?

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