第2話

 もともとは、巨大日系企業MUKAUMIが発見した新エネルギー物質『エーテル』の採掘場兼研究所だった。エーテルを利用した大規模発電が可能であることが分かると、MUKAUMIはそこに街を作った。MUKAUMIで働く人々が住むための街だ。人が集まると新しい仕事が生まれる。仕事ができると人が集まる。そうして、紆余曲折ありながらも人工島の上に作られたその街は着実に規模を増やしていき、巨大なメガロポリス『海上都市』となったのであった。


 そびえ立つ摩天楼の群れが朝日を受けてキラキラと輝く。

 そのビルの間を縫うように伸びるドーム状のガラスで覆われた高速道路にさらにその上を飛ぶドローンタクシー。

 目の前のビルの壁面は巨大ディスプレイになっており、海上都市の魅力を紹介する映像が流れている。手前の周りと比べて背の低い建物に目を向けると、その上空にはホログラムで海上都市のモデルが現れる。


 まるでSF映画に入り込んだかのようなその光景に思わず惚けていた太平だったが近くから、聞こえたツアーガイドの声に我に返る。


「あそこに見えるのが海上都市の玄関口でもあるここ、第4セクターを象徴する最先端のホログラム技術が使用された海上都市の立体マップです。」


 太平がそちらに目を向けるとツアー客であろうお金持ちそうなマダムや老後を満喫していそうな老夫婦、若い美男美女カップルがニコニコ笑いながらツアーガイドの話を聞いている。


 それを見た太平は、幸せそうな彼らの人生を想像し、自身の無味乾燥な人生と比べてしまう。太平としては大きなイベントこそなかったものの、人並みの人生を歩んできたつもりだ。しかし、自分の人生の先にあのような光景が待っているのだろうか?

 太平の海上都市の非日常な光景を見て浮かれていた心が一気に現実に引き戻される。


 太平は頭を振って卑屈な考えを追い出して、次の予定について考えた。


「とりあえず、荷物を置きにホテルに行くか。えっとホテルはどこだったかな?」


 余計なことを考えないように今後の予定を声に出しながらチケットを確認する。チケットには第5セクター北区と書かれていた。


「第5セクターか。たしか、あんまり治安が良くないんだよな。まぁ、裏路地とかに入らなければ大丈夫だろ。」


 自分に言い聞かせるようにそういった太平はとりあえず第5セクターに向かうことにした。


 海上都市での移動手段はいくつかある。太平が港を出たばかりに空を飛んでいたドローンタクシーなどは、ぜひとも乗ってみたいと考えるだろう。

 しかし、ドローンタクシーは非常に高価で使用できるのは一部の富裕層だけだ。そのため、海上都市の低中所得者や太平のような低予算の観光客はバスを使用する。ビルの合間を縫うようにひかれた高速道路は自動運転専用になっておりその上を時速200km近い速度で何台もの車が走っている。海上都市ではこの道路網を利用した自動運転の路線バスが運営されており、太平もこれを利用するつもりだった。


 バスに乗った太平はしばらく窓の外の景色を楽しんでいたが、しばらく走ると太陽光を受けキラキラ輝いていたガラスドームは住宅地近くを走る高速道路であれば必ずついている真っ白の防音壁に変わった。

 防音壁の上や定期的につけられた窓から見えるビル群は都会的ではあるものの、先ほど港の前でみたSFチックな雰囲気はなくどこか現代的に感じられる。


「そういえば、観光都市として近未来的な都市風景を目指す再開発が始まったのは最近って書いてたっけ。本当に玄関口のところだけなんだな。」


 太平は事前に調べていたネット記事の情報を思い出した。

 防音壁がずっと続く外の景色に興味をなくした太平は昨晩によく眠れなかったこともあり、バスの揺れに合わせてうつらうつらとし始める。


「第5セクター北区に着きました。ご利用ありがとうございました。」


 到着を知らせるアナウンスが太平を起こした。

 まだ、眠気の冷めない目を擦りながらも高速バスを降り、第5セクター内の路線バスへ乗り換える。

 数分間バスに揺られたのち、ホテルの最寄りのバス停に到着した。

 ここから5分ほど歩いた場所が太平が泊る予定のホテルだった。


 ホテル手前に着いた太平は念のため、手元のチケットに視線を落とし、間違いがないか確認しながら進んでいく。


 どんっ


 よそ見をしていたからだろう。太平は通行人とぶつかってしまった。相手は大事そうに鞄を抱え白衣をまとった中年の男性だった。


「す、すいま …うわっ!」


 謝ろうとした瞬間、男性が抱えていた鞄から黒い靄が飛び出した。蚊柱のようにも見えるそれはまっすぐ太平の顔面に向かって飛んでくる。

 とっさに顔を腕で覆い、目を閉じた。しばらく何もなかったので恐る恐る目を開けると、黒い靄はなくなり男性がこちらを睨みつけていた。


「あ、あの大丈夫でしたか?」


 男性に声をかけたが男性は「チッ」と舌打ちだけすると、すぐに鞄を抱えなおすと走り去っていた。


「よそ見していたこっちが悪いとはいえ、なんか感じ悪いな。それよりもさっきの黒い靄は何だったんだろう?見間違いか?」


 舌打ちされたことに若干ムッとしたり、消えてしまった黒い靄について考えながら歩いていると、気付けばホテルについていた。

 外観はどこにでもあるようなビジネスホテルだ。

 フロントでチェックインを済ませると部屋に入る。

 さて、部屋の中はというと残念ながら太平が期待していたような近未来な技術が使われたようなものではなく、いたって普通のビジネスホテルのシングルルームだった。


「まぁ、繁華街近くにあるのに一泊一万円もしなかったからな。こんなもんか...。」


 幸いにも、掃除はいきわたっておりベッドも軽く手で押したところ自宅に比べれば十分良いものであることが分かる。窓のカーテンを開けると残念ながら隣のビルの壁しか見えない。


 荷物を適当に部屋の隅にまとめ、手洗いを済ませると太平はそのままベッドに倒れこんだ。


「あ~さすがに眠すぎる。さっさと観光に行きたいけど、少しだけ仮眠をとるか。」


 そうつぶやいた太平はそのまま目を閉じるのだった。

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海上都市の邪神伝説 いちやおないと @Onight

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