中編
夜の病院は、外から見れば異様な雰囲気だ。
中に確かに人はいるはずなのに、まるで誰もいないような気さえしてしまう。
直樹は病院に入ると、受付に向かった。
受付のシャッターは閉まっているものの、その隣の小さな小窓がある方に、受付の人はいた。時間外の診療の受付はそちらで行っているようだ。
「あ、あの、今日、青崎由美という女性が事故か何かで運ばれてきたと思うのですが」
「はい?」
受付の初老の男性は、要領を得ない感じでそう言った。
「ですから、女性が運ばれてきませんでしたか?」
「いつの話です?」
事故にあった人が運ばれてくるのは、そんなに印象が薄いことなのだろうかと直樹は思う。いや、搬入先が正面入口ではないだろうから、この人は搬入自体は知らないのかもしれない。
待ち合わせの一時間前には、由美と連絡が取れていた。そのことから考えられる時間を、直樹は初老男性に伝えた。
「うーん。記録は、ないですねぇ。まだ、こちらに情報がきていないのかな? ちょっと待っててくださいね。確認を取りますから」
直樹は、早くしてくれと思った。この初老男性のせいではないだろうが、気が急いて当たってしまいそうになる。
その時だった。
「あれ? 赤村くん? どうしたの、こんな時間に?」
横から声をかけられた。女性の看護師だ。でも、誰なのか直樹には分からない。相手は自分のことを知っているようだというのに。
「え? あ」
記憶を必死に辿る。だが、直樹にはどうしても彼女が誰か思い出せなかった。その内に。
「こんな時間に、愛しの彼女に会いに来たの? でも、駄目だよ。面会時間はもう終わっているんだから」
愛しの彼女。由美のことか。でも、なぜこの人は由美を知っているんだ? それに、この人の言葉。
「あ、あの、ゆ、由美は?」
「いつも通り、かわいい顔して眠っているよ」
由美の病室に来た直樹は、信じられない光景を目の当たりにしていた。
病室のベッドに横たわる由美。心電図のモニターが、命の脈動を伝えている。
直樹は何が何だか分からなくなっていた。
あの看護師に、由美が眠っていると聞かされた直樹は、何とか冷静に振る舞った。
『会っては、いけませんか?』
しかし、看護師の答えはノーだった。
『何があったのか分からないけど、明日にしましょう。ルールを破るわけにはいかないから』
そう言われてしまった直樹だったが、由美の状態と安否をどうしても“今”確認したかった。
そんな時、直樹の頭の中にとある映像が浮かんできた。
病室と、その病室の番号のプレート。そして、室内のベッドで眠る由美。
どうしてそんな映像が自分の記憶にあるのか分からなかったが、その記憶を信じて直樹は動いた。
看護師が立ち去った後、初老男性の目を盗んで階段を駆け上がり、他の誰にも会わないように由美のいる病室にやってきたのである。
由美は死んでいるかのように眠っていた。綺麗な顔をしているが、頬が少し削れている。体は、どこか骨折をしているとか、大きな損傷は見当たらない。
一体、何がどうなっているのか、直樹には分からなかった。つい先刻まで話していたはずの由美が病室にいて、それも昨日今日入院したような姿ではないのだから。
その時、直樹はとっさに携帯電話を取り出した。なぜかは分からないが、由美の携帯電話にかけてみれば何か分かるかもしれないと思ったのだ。病室で携帯電話を使うなど非常識なことだが、そんなことはいっていられない。
——……お客様がおかけになった電話番号は、現在使われておりません。番号をお確かめの上、もう一度おかけ直しください。——おきゃ、プツッ。
直樹は電話を切った。
なんなんだ、これは。
直樹は錯乱状態だった。
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