第025話 交換
植物園を巡っている内にお昼となり、園内のレストランで軽食を取ることにした。
春野はハンバーグのセット、俺はカレーを注文した。
「ね、次どこ行く?」
「そーだな」
植物園の地図を開き、春野にも見えるように向きを変える。
俺は地図の中でとりわけ水の多い箇所を指差した。
「ここの水辺に咲いた花を眺めるとかいいんじゃないか」
「わかった、食べ終わったらそこ向かお!」
「テンション高いな」
「あはは、巡ってる内にちょっと楽しくなっちゃって」
春野は身を少し乗り出して地図の方へ顔を寄せている。最初は春野も植物園にはそんな興味ないように映ったのだが、いざ行ってみたら次第に興味が湧いてきたパターンか。よかったね。
「お前は行きたい所あるのか」
「うーん、できれば全部回ってみたい?」
「ほう。まあ時間的にはできそうだが」
「だよね。黒山君がよかったら付き合ってほしいんだけどいい?」
「1時間3000円になります」
「お金取んの⁉」
「ウソウソ。1000円でいいよ」
「やっぱ取るんじゃん! もう、そういうのよくないよ」
「今のウソを真に受けて真面目に注意してくれるのって春野ならではだな」
「え、全部ウソだったの? あとそれって褒めてるの……?」
ありゃ、心の中で思ってたつもりの言葉がつい口に漏れていたらしい。
「あー、そうだなうん、褒めてるというか
「褒めると貶すって正反対の意味だと思うけど……」
春野はため息を吐いて会話を中断した。
折よく店員さんが俺達の注文した料理をテーブルに持ってきてくれた。
二人して料理を味わっているときのこと。
春野はハンバーグとライスをバランスよく口に運んでいるが、妙にソワソワしていた。
「食後の植物園巡りがそんなに待ち遠しいのか」
「え、どうして?」
「いや、やけに落ち着きなく見えたんでな」
「へ⁉ いや、そういうわけじゃなくて、そのね」
春野が胸元に持ってきていたフォークを俺の方に、というより俺の食べているカレーの方に向ける。
「そのカレー、おいしそうだなって」
「ん、そうか?」
至って普通のカレーという感じだぞ。
「うん、ちょっとスプーンで
「何でまた」
「いいから」
春野が急に押しの強い要求してきた。
仕方なくスプーンでカレーを一掬い、春野に掲げて見せた。
この行為に一体何の意味があるのだろう。
そんなちょっと哲学じみたことを考えていたら信じがたい光景が俺の目の前に現れた。
春野がスプーンの上のカレーにパクっと食いついたのだ。
言っておくがそのスプーンは今しがた俺が食べるのに使っていたものである。
春野の行動に
「あ、あはは、ごめん、おいしそうだからつい」
カレーの
いやちょっと待て、お前そんな食いしん坊キャラだったか?
春野と一緒に食事するのは何回かあったがこうして人の食べ物を、例えば日高に対してこんな感じに一口食いつくようなシーンなんて今の今まで見たことなかったぞ。
春野に一体どういう心境の変化があったのか疑問に思っていると立て続けに春野が行動を起こした。
「お詫びに、私の食べてた料理も一口食べていいよ」
春野がハンバーグ一口分をフォークに刺して俺の顔の前に突き出した。
いやいやいや、ちょっと待て春野さん。それ先程まで貴女が使っていたフォークじゃないですか。
「いや、突然どうしたんだお前」
状況についていけないあまり、つい漠然とした質問を春野に投げた。でもさすがに春野も質問の意図はわかってくれるだろ。
「え、どうもしてないよ。いつも通りだよ私」
すっとぼけて回避を図る春野だったが、いつも通りの春野ならそんな目も顔も俺から背けてボソボソと呟くような受け答えをしてないんですよ。
それと頬や耳の方がさっき園内で見た花ぐらいに赤い色に変化してるんですが、
もっと追及したかったが春野が今のフォークを俺へと掲げた珍妙なポーズを取ったままだと周囲のお客さん達に対しても悪目立ちする。
さっさとこの事態を何とかしたかった俺はやむなく目の前のハンバーグをさっきの春野と同じ要領でパクリと食いついた。釣り餌を食らう魚の気分だった。
春野はハンバーグをよく噛んで食べる俺をまじまじと見ていた。
俺が飲み込んだことを確認すると、さっそく尋ねてくる。
「……どうだった?」
「ああ、ハンバーグおいしかったな」
結構俺好みの味付けだった。こっち頼めばよかったかなとも思わなくはなかったよ。
でもね春野さん。そんなことより春野さんがたった今やってくれた意味不明な行動への疑問で頭が一杯になってるんですよ。ハンバーグの風味とか食感とかどうでもいいんです。
「……そう、それはよかった」
春野はその後何でもないように食事を再開した。
この後春野は黙々と食事を口に運んでいた。
フォークは結局俺に食べさせるのに使った分から取り替えなかった。
そうなると俺だけスプーンを取り替えるのも妙に気まずくなり、俺もスプーンをそのまま使い続けた。
ちなみに食事が終わるまで、春野の頬から赤さは抜けていなかった。
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