第024話 草花
植物園へ入っていくとさっそくお花畑が視界に広がった。
「綺麗だねー……」
「ああ」
春野が目の前の花々に
四月も半ばを迎えて本格的に暖かくなってきたのを受けて、多種多様な花が色取り取りに咲いていた。
同じ形をしながら赤・桃・白と三色に分かれて群生している花もあれば、辺りを黄色一色に染める花もあった。
「黒山君はお花に興味ある?」
「いや、特に」
「そっか」
俺は花に詳しくない。
チューリップや
例えば
なのでここに植えられている草花については
「へー、これラナンキュラスって言うんだー」
「帰る頃には名前忘れそうだな」
「少しは覚える努力しようよー」
花の手前にある看板の情報が頼りだった。もし看板の書いてることが虚偽だったら終わりだな俺達。いやスマホで調べることもできるけどメンドいし。
「草花を模したアクセサリーとか時々見掛けるが、お前は付けないのか?」
何となく気になったことを春野に聞く。
「え、そうだなー、私はできるだけシンプルなデザインのが好きだから」
「あんまり目立つ形のものは趣味じゃないってわけか」
改めて春野の髪の方に注目すると、今日は頭の右前辺りに髪留めが付けてあった。
特別な装飾は施されていない至って単純な銀色の髪留めだが、春野の髪の上のキラリとした輝きが小さくも確かな存在感を放っていた。
「髪留め付けてるの珍しいよな」
「そーだね、学校だとあまりやらないかも」
「俺達と遊びに行くときもなかった気がするが」
「……やっぱよく見てくれてるんだね」
「いや、こんなの間違い探しなら初級だろ」
「別に今そんなゲームしてるわけじゃないよ」
春野が髪留めを右手でクイクイと動かす。その調整、何か意味あるんだろうか。
「でもさ、ちょっと黒山君に意見を聞きたいんだけど」
「ん?」
「私もお花とか髪に飾ったら似合うのかな?」
春野が左手を背中の方へ引っ込める。右手は髪留めをいじるのをやめ、改めて髪留めへ人差し指を突き立てていた。
「実際に付けてくれないと何とも言えんな」
「想像でいいよ」
「なら似合うんじゃないか」
「へえ……」
「『春』と『野』が名前にあるぐらいだし、花にはピッタリだろ」
「私の髪関係ないじゃん。ただの連想ゲームじゃんそれ」
「今度連想ゲームで皆と遊ぶか」
「遊ばない」
春野が後ろを向いて早足に歩いていく。ここらのお花畑に満足して次の場所へ行きたいようだ。
「ちょっとあそこの中入ってみない?」
春野が指差す先に透明な壁の建物が見えた。
ビニールハウスって奴か? いやいや、明らかにガラスで覆ってるのにビニールも何もない。何ていうんだああいう建物? 単純にガラスハウスとか? どうでもいいけどあんな所で生活することになったら大抵の人は数日持たずに発狂しそうだな。
「おう。それじゃ行くか」
とりあえずガラスハウス(仮称)の中に入る。ハウスの中では大量の草花が鉢植えに根を張っていた。
外にあった花畑の方が単純な草花の本数は多かったように思うが、こちらは建物内の空間を埋めるように植物が分布していて、より濃ゆい構成になっていた。
ただ、温度管理は相当ちゃんとしているようであり外より快適だった。
「外の方とは違うお花が並んでるね」
「花だけじゃなく木も多いしな」
木といっても当然建物に収まりきらないような大樹はなく、そこそこの高さで保たれた細い木がちょいちょい伸びていた。
「これ可愛くって好き」
春野がとある花の前で止まる。
「へー、まあ綺麗なんじゃないか」
名前はともかく、その形と色付きだけは妙に記憶に残りそうな気がした。
「あ、黒山君も気に入った?」
「かもな」
春野がスマホでこの花を特に念入りに写真に撮っていた。
「黒山君は写真撮らないの?」
「俺はあんま写真に興味なくてな。興味あるもんは目で見て頭に焼き付けるタイプだ」
「へー。そう言えば撮られるの好きじゃないって言ってたね」
「え、言ったっけかそんなこと」
「うん、確か林間学園のときに」
「よくそんな昔のこと覚えてるな」
「昔って、つい去年のことだよ」
「俺からすれば去年でも20年前でも同じくらい古い」
「20年前って私達生まれてないよ」
「いや、俺そんとき2歳だぞ」
「私と同い年でしょ」
「実は俺中学浪人の期間が長くて」
「え、5~6年ぐらい浪人してたの」
「いや嘘」
「……たまには冗談抜きで会話してほしいな」
おや春野さん、さっきまでの高いテンションはどこ行きましたか。
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