第022話 二人だけで

 人があまり立ち寄らない場所にある放課後の空き教室。

 そこには三年の奄美先輩と。

 二年の俺と。

「ねー、今度の土日はダメなんですかー?」

 一年の葵が我が物顔で使っていた。

 思えば綺麗に各学年から一人ずつ出ているメンバー構成に対し、俺達が学年の代表なのかと錯覚する思いでいた。いやウソです。やっぱそんな大仰な気分にはなれないです。全然意味わからんし。


「ダメだ。テニスなら一人でやりなさい」

「そんなこと頼んでませんよ。しかも一人でテニスってできること壁打ちぐらいでしょ」

「ならバスケにしなさい」

「必要な人数増えちゃってますよ。あと私スポーツってあんま興味ないんですが」

「なら何に興味あるんだ?」

「今のところ胡星先輩と遊びに行ったらどうなるのかってことですかね」

「何にも面白いことにならないからやめろ」

「そう言われるとなおさら行きたくなっちゃいますよ」

 今日もこんな調子で俺は葵からの「遊びに行きましょうよ」攻撃を受け流していた。どうだ、この上なくスマートな受け流しっぷりだろ?


 奄美先輩も今やすっかり葵と俺のやり取りはスルーしてスマホばっか見ている。

 葵が俺と満足するまで話し、それが終わったらようやく奄美先輩との作戦会議を開始するというのが最近の流れになっていた。メンドくさいのは理解してますが、葵の対応を俺に丸投げするのやめてもらえません? あなたの妹でしょ?

「第一、今度の休みは先約があるんだよ」

「へ? また誰かの誕生日でも祝うんですか?」

「違う。春野と外出することになってな」

「ん、それって他の先輩方も一緒に?」

「いや、春野と二人だけで」

「えええ⁉」

 葵の大声につい耳の穴を人差し指で栓する俺。

 奄美先輩はどういうわけかスマホを見ていた顔を上げた。


「……胡星先輩、それってデートってことでは?」

「いや、普通に遊びに行くだけだぞ」

 世間一般で言われるデートってのは交際関係にあるカップル・・・・・・・・・・・だけでお出掛けするって意味だろ。

 なら春野と俺が二人だけで出掛けようがデートには当てはまらない。

「はあ……胡星先輩は春野先輩とお付き合いされてないんですか?」

「全然」

 一生独身で自由気ままに生きていきたい俺に恋人作る気概はこれっぽっちもないです。


「なら何で春野先輩とお二人だけで遊びに行くって話になるんですか?」

「そうだな……」

 日高に言われた理由をそのまま話すことを考えたが、春野が男を苦手としているということを俺の口から話すのはさすがに無神経な気がした。

 ここはちょっと脚色を入れてごまかすとしよう。

「春野は昔から同世代の男との交流が少ないらしくてな。日高から将来のために少しでも男と接することに慣れてほしいってんで俺が練習台に頼まれたんだ」

「はあ……日高先輩が?」

「アイツは春野の世話を焼くのが生き甲斐がいだからな。春野のためならこの星も滅ぼすって毎日のように公言してるぞ」

「日高先輩って地球に対してテロを起こすレベルの危険人物だったんですか」

「いや普段はまともだぞ。春野のことになるとバトル物の終盤みたいなパワーを発揮するだけで」

「日高先輩に聞かれたら怒られますよ」

 すっかり呆れた顔になった葵。途中からのくだりはさすがに冗談と察した模様。まあそうだよな。こんなの騙されるの春野ぐらいだよな。


「そういう理由なら、私が参加するのはよくないようですね」

「え、お前許可されたら参加するつもりだったの?」

「そりゃあもう」

「うわぁ……」

「何が『うわぁ……』ですか。恋人同士がデートするわけじゃないなら私が参加しても文句ないでしょ?」

「そうは言ってもお前、行き先は植物園だぞ。近くで他に遊べる施設があるわけでもないのに」

 こう言っては失礼だが十代の学生集団が満足に遊べるようなサービスが植物園に備わっているとは思いがたい。

「うーん……」

 葵が腕を組みながらうなる。

「それでもやっぱり参加したかったですね」

「マジか。なら自分のお友達を連れて好きに行っておいで」

「いえ胡星先輩と」

「俺はこの一回で充分だ」

「まだ行ったことないんでしょ」

 うん、行ったことないよ。でもわかる。この一回が最初で最後になることは。


「私も一ついいかしら」

 奄美先輩の方から声が上がる。

 余談だけどこの人先日に葵からツッコまれたというのに未だに「かしら」「わよ」口調を貫いてんだよな。

 葵もそこを指摘するのが地雷だと認識してか特に言及してないものの、奄美先輩の口調を変えない点は尊敬します。いや奄美先輩から言葉遣いの件は忘れろって要求されてたな。さっさと忘れないと。

「何でしょうか」

「何、お姉ちゃん」

 奄美先輩に受け答える俺と葵の声が重なる。

「黒山君は春野さんと付き合いたいって思ってるの?」

「? ……いや、別に」

「そう」

「それって榊の件と何か繋がりがあるんですか?」

「え、いや特にないけど」

 そうですか。ってことは単なる興味本位ですか。

 奄美先輩アレですか。ひょっとして他人の恋愛事情には野次馬したくなるっていう鬱陶しい……いやありふれたタイプの高校生なんですか。

 そんなことする余裕あるならさっさと榊と結ばれるための作戦立案に動いて頂きたいのですが。じゃないといつまで経っても俺この姉妹から解放されないんですよ。

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