第021話 チケット
俺は、先日に聞かされた言葉の意味を掴みかねていた。
『高校で終わりになんて、させないから』
という春野の言葉を。
高校で終わり? 一体何の話だ?
まさか俺が高校卒業と同時に春野達と縁を切るつもりでいることを指してる? いやまさか。
その心算について春野に対して直接明言したことはない。
加賀見には言ったこともあるが、それは加賀見が意図して俺以外を人払いした上で行った、要は内密のやり取りだ。
加賀見から内密にしたかった話を他の誰かに口外するのはどうにも辻褄が合わない。
それとも先日の俺とのやり取りで俺の意向に感付いたか? それも考えにくい。
俺としては一般論として卒業時は疎遠になるという話をしたまでであり、そこに俺の希望を込めた意味合いはない。少なくとも俺自身はそのように図らった。
たったあれだけの会話で春野が俺の意向に気付いたのならいわゆる「勘」って奴が相当に鋭敏ということになるが、春野がそんなタイプとは到底思えない。
曲がりなりにも春野とは一年近く交流してきた間柄だ。その上で春野がそこまで鋭いと思えるところを見たことがないのだからおおよそ間違いあるまい。
他にもあれこれと思考を巡らせたが、結局春野の言葉の真意について未だ答えは出ていない。
そんな謎を残した春野・俺の誕生日祝いから数日経った頃。
俺はメッセージにて日高に呼び出されていた。
「何だろうね、皐月の用事って」
「さあな」
俺の横には同時に呼び出されていたらしき春野もいた。
指定された場所に先着した俺達二人は日高のことを待っていた。
「ここを指定してくる時点で内緒話は決まりだな」
「そうかもね」
指定された場所は3棟ある我が校の校舎のうちの1棟、第二校舎のすぐ横。
人がほとんど通り掛からない寂しい所で、一年のときの春野と日高はここを人目から逃れる際の避難場所としてよく使っていた。
「ここに来るのって久しぶりじゃないのか?」
「うん、最近はもう使うこともなくなったからね」
「最後に来たのは確かドラゴンが襲来したときだったか」
「いきなり何の話?」
「ここにドラゴン系に有効な剣があるって妖精に導かれたんだよな。いやー懐かしい……」
「ゴメン、全く話に付いていけない。そんなファンタジーなお話いつあったの?」
「え、先週あっただろ?」
「誕生日間近じゃん!」
「逆に聞くけど何で覚えてないんだ? ……あー、そう言えばそのときの出来事を忘却する魔法掛けられてたんだっけかお前」
「え!」
「本来自分達の存在を知られちゃいけないってことで妖精が全校生徒や先生の記憶を片っ端から吹っ飛ばしてたぞ。あとドラゴンとの激しい戦いで発生した死傷者や半壊してた校舎も魔法の力で元通りになってた」
「先週そんなすごいことが起こってたの……」
「そうだったら面白いなーっていう妄想なんだが」
「あーそう……うん、何かもう慣れてきたよ」
春野が驚くでもなく、怒るでもなく、ただ目を細めて俺を見てきたのがやたら印象に残った。
春野と俺がバカな話で盛り上がって間もなく、日高が到着した。
「いやー、ゴメンゴメン、待たせちゃって」
「珍しいな、この三人で集まろうとか」
「あんまりそんな機会ないもんね」
「今回はミユとマユには話しづらいからねー」
「そりゃ何でだ」
「これが関わってるから」
日高が財布より二枚の紙切れを取り出した。
「何だそりゃ。新しい紙幣か?」
「これのどこがお金に見えるのさ。チケットだよチケット」
「チケットって何の?」
「市内にある植物園の」
チケットをつぶさに見ると確かに植物園の名前が明記されていた。
「へー、そりゃまた」
「知り合いから譲り受けたんだけど、あんまり植物って興味沸かなくてさー」
「そうなんだ」
「で、二人分しかないからどうせなら黒山と凛華の二人でどうかと思って」
「え」
それはまた唐突な。
「……私、行ってみたい!」
ほー、春野さん植物のことに興味がおありですか。将来園芸や盆栽に手を付けるのかしら。でもゴメン、俺も大して植物とか見て
「これ、安達や加賀見じゃダメなのか? それにお前らって他にも友達いるんだろ? そいつらの誰か誘ってもいいんじゃ……」
「黒山、ちょっと耳貸して」
俺の返事を待たず日高が口を俺の耳元に寄せた。
(これ、凛華を男に慣れさせる訓練も兼ねてるんだ)
何?
(凛華って
……あー、わかったよ。俺もあの事件についてはちょっとばかし春野に借りがあるからな。やればいいんだな。
「やっぱ行くわ」
「え、どうしたの黒山君。いきなり態度変わったけど」
「まーいーじゃん。行くって言うんだから凛華も付き合ってあげなよ」
「……うん、迷惑掛けちゃうかもだけどよろしくね!」
かくして、今度の土曜も暇がなくなるのが確定しました。何か休日が失われるのが定例化しそうで怖いんですが。
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