第018話 デュエット

 カラオケボックスに着いた俺達はまず席決めをした。

「リン、黒山、真ん中の席に来て」

「はーい」

「俺としてははじの方がありがたいんだが」

「ダメ。アンタはリンと並んで本日の主役」

 主役ならその要望を叶えてほしいと思うのは横暴でしょうか。

「はは、黒山君らしいと言えばらしいね」

「わかってるならお前からも何か言ってやってくれないか」

「あはは」

 またしても笑って済ませる春野。モデル顔負けの美形で笑う様は見た目にはとても美しいのだが、今は心なしか妙にイラッとさせられる。


「先輩、折角こんな美人の方とお隣になれるのに断っちゃうんですか? もったいない」

「俺はホコリのようにすみっこでひっそり過ごすのが性に合ってるんだ」

「そんな卑下する人初めて見ましたよ」

「お前もそんな人間と一緒に過ごしてると影響されるぞ」

「甘いですね。逆に先輩を私に都合いい性格に染めてあげます」

「お前人から礼儀知らずとか命知らずとか言われたことない?」

 自らを最強と信じて疑わなさそうな後輩から俺を改造する宣言を受けていると、

「……葵、黒山の隣に来る?」

「え? でも私が真ん中寄りに来るのはちょっと恐れ多いっていうか」

「私は気にしない」

「うん、私も大丈夫だよ!」

「黒山との相手のが慣れてるみたいだしねー」

 加賀見・安達・日高がどういうわけか葵を俺の隣に勧めてきた。

「葵ちゃん、先輩の言葉に甘えてもいいんだよ」

 春野が聖母を思わせる振る舞いで葵を促してきた。

「……それでしたら、失礼します」

「あれ、俺はいいって言ってないんだが」

「胡星先輩、ダメですか?」

 葵が身じろぎしながら俺に改めて断りを入れてきた。さっきまでの強気な姿勢はほとんど感じられなかった。


「……好きにしろ」

 さすがに女子四人の手前、無下にするわけにいかなかった。

 俺が中央に来る以上、葵が来なくても他の奴らが隣を陣取っただろうしどうでもいい。

「はい! 先輩方ありがとうございます! それではお言葉に甘えて」

 葵がソファに腰掛け、そのまま既に座っている俺の隣へズイと身を寄せていく。

 すぐ横に手を置くと葵の体に触れそうなぐらい近くに詰められる。

「これ、互いに窮屈じゃないか?」

「えーそうですか? 私はこんなもんだと思いますが」

「腕とか置き場所に困るぞ」

 仕方なく俺は葵のいる左腕を腹の辺りに寄せている状況だ。

「あー、そういう……。私は先輩の腕がどっかに当たっても気にしませんよ」

「そうにはいくか。弾みでぶつかったら怪我するぞ」

「心配しすぎだと思いますが……じゃあもうちょっと離れますか」

 そんな経過がありつつ、席次は端から順に安達・日高・春野・俺・葵・加賀見に決まった。


 その後は各々の歌を披露していった。

 カラオケに来るのが何度目かということもあって皆歌うことに抵抗はなかった。

 葵は俺らのカラオケには初参戦だが、そのことを少しも気負うことなく今しがた流行はやりの歌を爽快に終えたところだった。

 友達の多く活発な葵のことだ。カラオケなんぞ何度も場数を踏んでいるのは容易に想像がついた。

「葵ちゃん、じょーずー!」

「凛華といい勝負だね」

「いえいえ、先輩方にはとても」

 愛想笑いと謙遜をそつなくこなしながら葵が席に戻った。

「いや、本当に歌うまいと思うぞ」

「そうですか? よかったら毎日胡星先輩の耳元でお好きな歌でも聞かせてあげましょうか?」

「好きな歌が呪詛じゅそに聞こえてきそうだから遠慮しとくわ」

 ちなみに女子四人で一番歌唱力が高いのは春野だと思う。

 安達・加賀見・日高は下手ではないものの、取り立てて上手ともいえない、いわば普通のレベルだ。

 俺自身の歌唱力は俺からは何ともわからないが、周りに言わせれば春野並にうまいのだそうだ。うーん、自分が歌うのって興味ないから下手でも構わないんだけどな。


「残るは黒山と凛華なんだけどさー」

 日高の口がやけに嫌らしい笑みを形作っている。ん? こんな笑顔どっかで見たような。

「今日は二人の誕生日祝いだし、デュエットなんてどう?」

 え? デュエット? 要は二人一緒に歌えってこと?

「え⁉」

 ドリンクのストローから口を離したばかりの春野が突然の日高の提案に大声でリアクションした。

「皐月、何言ってんの!」

「へー、なるほど」

「面白そう」

 安達・加賀見が悪ノリを始める。コイツら春野と俺を祝う気あるんだろうか。

「お二人はデュエットやりたいんですか?」

 葵はというと賛否は特に挙げず、俺達の意思を確認してきた。さっきまでの楽しそうな様子はどこへやら、教師に授業の質問をするかのごとく真剣な態度だった。

「俺は別々でいいと思うんだが」

「やっぱり。先輩ならそう言うと思ってました」

「なら訊かなくてよかっただろ」

 一方の春野も、

「そ、そうだよ、私も別々でいいんじゃないかなー、て」

 御覧のように乗り気ではない。

 そりゃそうだろう。元々男子が苦手な春野さんなのに、男子を近くに置いて歌うなんてマネができるはずもない。

 その春野が俺の方から目を逸らして笑いなのかどうか曖昧な表情を浮かべている。

 春野の優しい優しい性格を考えると、俺と一緒に歌いたくないというのが俺に対して失礼と思ってバツの悪い思いをしているのかもしれない。いや、それはさすがに俺の自意識過剰か?

「ちぇー、それじゃどうぞ」

 日高が春野に選曲用の機械を渡してきた。おいおい、お前はまず春野が微妙な気分になってるのをどうにかしろよ。

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