第019話 プレゼント
カラオケを出た俺達は予約していたファミレスに向かった。
「ちっす、お姉ちゃん」
「こんにちは、奄美先輩」
「うん、今日はよろしくね」
テーブル席には既にバイトを終えた奄美先輩が到着していた。
「初めまして、安達弥由って言います」
「私は日高皐月です」
奄美先輩と初対面となる安達と日高が自己紹介をした。
なお、春野と加賀見は一年のときに奄美先輩と面識があるので今回は見守るだけ。
「奄美雛です。黒山君からお話は聞いてるわ」
奄美先輩がニコッと返す。私服姿が何とも言えず大人びた雰囲気を醸しているのもあり、余裕が一層感じられた。
奄美先輩と女子四人との交流は特にトラブルを起こすこともなく至って平和的だった。
ここで俺が唐突に備え付けのストローを加賀見の鼻の穴にぶっ刺したらどうなるんだろうと脈絡のない想像が頭を
「……何、人のこと見てウンウン頷いて」
「いや、何でもないぞ」
加賀見さん、奄美先輩達と会話している傍らでよくこっちの仕草に気付きましたね。
「それでは忘れないうちにプレゼントを渡すのはどうかしら」
「そうですね」
加賀見が手持ちのバッグより小さい箱を2個取り出す。
どっかのお店の名前が刻まれた上品なデザインの包み紙で大事そうに包装され、その上を黄色いリボンで縛ったその箱にはいかにも高級そうな代物が仕舞われているのだろうと思えた。
「それじゃリンから。誕生日おめでとう」
「ありがとう!」
加賀見が両手で箱を丁寧に持ち上げ、春野の前へ差し出した。
春野も恭しくその箱を受け取り、そのまま慎重にテーブルの上へと置いた。
「ね、ここで開けても大丈夫?」
「問題ない」
春野が包み紙を丁寧に
「へー、可愛らしい傘だね!」
「それ日傘」
「あ、そうなんだ!」
「最近の夏ってすっごい暑いでしょー。だからあれば便利だろうなーって思ってさ。長く使えるようなのを奮発したんだよー」
ほう、そうだったのか。
薄いピンクの布に淡いベージュの柄。何より特徴的なのはストラップに付随した大きなピンクのリボンであろう。
「ありがとう! 大事に使わせてもらうね」
春野のプレゼント渡しは終わった。
「よし、プレゼント渡しは済んだな」
「ちょっと待った」
「どうした加賀見」
「アンタの分がまだ済んでない」
あ、やっぱり俺の分も用意してたのね。春野と俺の合同誕生日パーティーだもんね。
「お前も選ぶ側に加わるとか嫌な予感しかしないからスルーしたいんだが」
「失礼な。とりあえず見るだけ見て」
加賀見がまたしてもバッグから箱を取り出した。
箱をさっきの春野と同じく丁重に受け取り、中身を開けた。
「ホットケーキミ○クス……」
「うん。1週間分」
箱の中に入っていた品物のパッケージにはそう名前が刻まれていた。
内容量は600g(150g×4)。卵は不使用とのこと。
パッケージは7個。1週間分ってことは1日1個使う計算ですか。よく知らんけどそれって多くない?
「アンタが最近お菓子作りにハマってるって聞いて。ホットケーキ以外の洋菓子を作るのにも利用できるんだって」
「洋菓子作ったことは全くないんだがどこから流れたんだそのデマは」
「え、先週アンタが自分から話さなかったっけ?」
「先週でも先月でも去年でも話してない」
「あー、じゃあ記憶違いか。ゴメンゴメン」
あさっての方向を向きながら舌を出してすっとぼける加賀見。このまま「てへっ」と言いたげである。
「マユちゃん、さすがにそれは……」
「……加賀見先輩、それ私達が選んできたプレゼントと違うでしょ」
遅ればせながら春野と葵がツッコミに入る。
「ふふふ、今のはほんの冗談」
改めて加賀見が別の箱を取り出す。さっきのホットケーキミ○クスを入れてた箱と同じデザインな辺り妙に手が凝っている。よく取り間違えなかったな。
なお、加賀見と一緒にプレゼントを選んだはずの安達と日高は特に口を挟まずニコニコしながら見守っている。そうだよな、いつもの風景だもんな、これも。いつもはうっとうしいけど加賀見相手でもしっかりツッコんでくれる葵が今日は無性にありがたく感じるよ。
「……俺のも日傘か」
「そう。そっちは男性向け」
「うん、まあそうだろうな」
「実用性あるし、問題ないかなって思った」
「そうか。ありがとな」
何となくプレゼント選びに手を抜いたような気がしなくもないがそれはスルーだ。
ただこれ、メンズと聞いたが心なしか春野のものとデザイン一緒じゃないか?
違いはリボンがないってだけで、同じように付けたら全く見分けつかない気がするんですが。
「あとこれ要る?」
加賀見がさっきのホットケーキミ○クスを指差す。
「せっかくのプレゼントにこんなこと言うのは大変申し訳ないが要らん」
「ん。それじゃこれは私の方で持ち帰る」
加賀見が箱に仕舞い、またいそいそと鞄の中に戻す。お前ホットケーキや洋菓子を作る趣味あったか?
その後俺達はファミレスで各々雑談に興じていた。
雑談の中、俺はちょうど向かい側にいた奄美先輩から話し掛けられた。
「黒山君がお友達と普段いるときってこんな調子なの?」
「へ? まあ、いつもとそんな変わらないかもですね」
「そう。何かちょっと新鮮」
「はあ……」
「黒山君、私と話すときってもうちょっと堅苦しい雰囲気があったからね」
「そうでしたか? でもまあ、先輩相手に失礼なマネをするのはちょっと」
「私は今と同じ調子でも構わないわよ」
「いえいえ、そんな」
「それ言いだしたらお姉ちゃんもだよ」
俺の隣に腰を落ち着けジュースを飲んでいた葵が突然口を挟んできた。
「どういうこと?」
「お姉ちゃん、家の中で『かしら』とか『わよ』とか使ってるの聞いたことないよ。友達と遊んでるときも砕けた感じじゃん」
え、マジで?
奄美先輩が御友人とお話ししているのは見たことあったけど、彼女の言葉遣いがどうだったとか意識してなかったな。
「ひょっとして後輩相手にはカッコ付けて……いえ何でもないです記憶違いでしたゴメンなさいお願いですから許してください」
奄美先輩の形相が見る見る険しくなっていく様子に気付いた葵があっという間に前言撤回、テーブルへ頭突きするぐらいの勢いで頭を下げてきた。その変わり身の早さには圧倒される。
「……黒山君」
「今の話は綺麗さっぱり忘れました。大丈夫です」
「覚えてなきゃ出てくるわけのないセリフ、どうもありがとう。でも忘れる努力はしてね」
忘れる努力って何すりゃいいんだろう。ひたすら岩石に頭突きを繰り返せばいいのかしら。
他の女子四人は各々の話し合いに夢中で奄美先輩のことには気付かなかった模様。ある意味幸運だな。
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