第016話 実話なのだと

 誕生日パーティーの2日前に当たる金曜日の放課後、空き教室にて。

 いつもは奄美先輩と俺の二人が(勝手に)使っているが、最近は葵も(勝手に)入り浸るようになっている。

 最初は奄美先輩が葵の参加を咎めていたが、なんべん言っても聞かない葵に根負けしたようで、好きにしたらとばかりに放っといている。まあお気持ちはお察しします。


 作戦会議の合間、俺も奄美先輩も案を考えて黙っていたときのこと。

「ところで胡星先輩、この前の件で思ったんですけど」

「何だ」

「先輩の仰っていたように、あの先輩方親切な人達でしたね」

「そうか」

 葵は先日の誕生日プレゼント選びにて安達・加賀見・日高と同行したらしい。そこであの三人といろいろ話して打ち解けていったそうである。

 まあアイツらのことだし、いきなり見知らぬ後輩が一人入ったとしても気まずくなったりギスギスしたりといった雰囲気になるとは思えない。

 葵があまりに性格悪かったら話は別だったが、俺がこの数日で見た限りでは葵は割合真っ当な奴だしアイツらともトラブルは起こさなかったのだろう。


「私も来たらよかったかしらね」

「あー……」

 奄美先輩のぼやきにどう答えたらいいのやら。

「今度のパーティーで皆会えるんだし、そこで話してみよーよ」

 葵が答えてくれた。この場に葵がいてよかったと感じたのは初めてのことだった。

「そうね」

 奄美先輩は会話の間、スマホに目を向けたままだった。


「それと、春野先輩って噂に違わぬ美人さんでしたね」

「アイツ、一年でも噂になってるのか」

「それはもう。男子なんてどこから知ったのか入学当初からチラホラその話題が挙がってましたよ」

 春野もすっかり有名人だな。

 去年は春野を一目見ようとする野次馬が押しかけていたようだが、今年は特にそういう野次馬が春野や俺達のいる二年二組の教室へ訪ねてきた様子はない。

 今の二・三年は去年の内に訪ねただろうからないのはわかるが、一年はどうしてだろうな。先輩への遠慮が働いたかそもそも先輩の教室へ野次馬しに行く根性のある奴が今年の一年にいないのか。どっちでもいっか。

「でも、春野先輩についての噂で一つ気になったのがあるんです」

「ほう」

「どうも春野先輩と比肩するぐらいイケメンの先輩が皆のいる前で告白してフられたとか」

 奄美先輩の座っている椅子から突然ガタっと音が鳴った。


「去年の球技大会っていうイベントの日なんでしたっけ? そんなマンガみたいなことする人ホントにいるんだー……とそのとき思いましたね」

「葵」

「何ですか」

「そのイケメンの先輩ってのが榊のことだ」

「え……榊先輩って、今お姉ちゃんが……」

 葵がゆっくりと、家の中を確認する空き巣のような慎重さで奄美先輩の方を振り向く。

「……別に、気にしてない。アレのお陰で、私にもチャンスができたわけだからむしろよかった」

 奄美先輩はさっきと変わらずスマホの方に目を向けたままだ。

「そ、そう。あ、それはそーと先輩、えーと」

 葵がさっきより明らかにしどろもどろな様子で言葉をまとめようとしている。

「その球技大会の噂って、事実なんですか」

 そこだけはどうしても気になったわけね。

「……まあ、事実だな」



 そもそも去年の球技大会より前から、王子(榊)は春野に粉をかけていた。

 春野は王子に対して好意的でもなく、何なら交流を避けたがっている節が当時からあった。

 球技大会では最も活躍した生徒が異性に告白すると間違いなく成就するなんていう胡散臭うさんくさい伝説が立ち込めており、王子から春野へ告白することを恐れていた日高が安達・加賀見・俺に協力を要請してその告白の未然防止に努めていたのだ。


 事態はその最中に激変した。

『春野さん! あなたのことが好きです! 付き合ってくれませんか!』

 王子のいたクラスがサッカーで優勝し、王子が代表で表彰を受けていたときに突然春野への告白に踏み切ったのである。

 日高をはじめとして俺達も完全に面食らった中での告白だった。

 そして春野は、

『ごめんなさい。今の私は、誰とも付き合うつもりはありません』

 王子を見事なぐらい綺麗に袖にしたのである。


 その直後の春野の憔悴しょうすいの仕方は尋常ではなかった。

 空元気を発揮している様子が普段付き合いのある俺達にはありありと伝わり、痛ましい様子が浮き彫りになっていた。車にかれて血みどろになってるのに周りを安心させようと「大丈夫、大丈夫だから」と呼び掛けている人を見た気分だった。


 あの日のことは今でも忘れやしない。

 俺でさえそうなんだから春野はもっとであろう。

 そんな春野があの日のことを「全部ひっくるめたらいい思い出」なんて感想をのたまっているのはどういうことなのか俺には理解しかねた。


 むしろお前こそ一番あの日のことを忘れたいだろうに。



「……ホントにあったこと、なんですか」

 葵が引いているのがよくわかる。

 大方二人の美男美女に対してこじらせた妄想がまことしやかに伝播した噓八百の巷説こうせつだと思っていたのだろう。改めて聞くと葵の言う通りマンガみたいに非現実的な内容でもある。

 それが現場を目撃した俺の答えを聞き、実話なのだと実感したところか。

「……」

 葵はこれ以上、この噂のことを言及しなかった。

 奄美先輩の手前、王子への悪口になりそうなことを口に出すのは控えたものと思われる。

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