第014話 春野と日高

 二限と三限の間にあるちょっと長い業間休み。

 安達・加賀見・春野・日高・俺の5人に葵が加わった面子で二年二組の教室に入っていった。

「いつもこのクラスの教室でお話ししてるんですか?」

「ああ。俺達全員同じクラスなもんで」

「え、そうだったんですか」

「一年のときはバラバラだったけどね」

「そーそー。いつも一年二組に集まってたよね」

「皆が揃ってクラスが同じになったのは奇跡。神様に感謝しないと」

 加賀見の戯言ざれごとに「悪魔が何ぬかす」という感想が口に出そうになったため抑える。

 大人しくなったといっても油断してるといつまたコイツの横暴が復活するかもしれないからな。自重自重。

「へー……」

 葵は俺達の話にただ耳を傾けていた。

「何だやけに静かな反応だな。俺と話すときみたいにどんどん忌憚きたんない意見を発言してくれていいんだぜ」

「え、それってもしかして胡星先輩が全員を同じクラスに仕向けたって意味ですか」

「意味が少しもわからんが何でそう思った」

「そーだったの黒山君?」

「いやー、粋なことしてくれるじゃん」

「神様じゃなくて黒山に感謝すべきだった」

 葵の比類なき妄想に便乗してくる安達・日高・加賀見。お前らそんなわけないの知ってて俺をからかいに来てるよな。

 何か葵をこのグループに混ぜるとますますしんどいことになりそうだと予感してしまった。ああ、ホントにもう……。


 妄想はさておいて、葵が緊張して口数が少なくなっているのは察していた。

 女子四人と直接会話するのもさることながら、先輩しか周りにいない教室へ入るのはなかなか勇気の要る行為だろう。極端に言えば周囲の人間全てに気を遣わなくてはならないのだ。

 だが、緊張しているのは周りもだったようだ。

 俺達二組の生徒が入ってきたときはともかく、葵が続けて教室に入ってきたときに少しザワめいたのだ。

「何だあの女子……」

「あんな可愛かわいいコこの学校にいたっけ?」

「アレ一年じゃん」

「確かスゲー美少女がまた入学してきたって噂になってたな」

「ひょっとしてその噂の……?」

 ヒソヒソと同級生達の会話が聞こえてくる。出てきた単語から推測するに葵のことを話してるのか。

 近くにいる奴にしか聞こえない小声で会話しているつもりだろうが、俺には聞こえてるからな。

 まあ連中が小さな声で話しているのは確かなので俺達のグループでも全員が聞こえてるわけではないみたいだが、

「……」

 安達があんまり面白くなさそうな表情をしている辺り、コイツも聞こえているようである。

 だが周りの連中がどんな話をしているかを安達が皆に明かすことはない。俺もしない。そんなことしても何の意味もない。


「気のせいですかね、私達目立ってるような」

「あー、気のせいじゃない?」

「きっと貴女あなたの容姿に皆目を惹かれてるんだと思う」

「え、あ、いや私はそんな」

「マユ、そんな本人が反応に困ること言うのやめなー」

「ん……ゴメン、今のは忘れて」

「あ、いえいえ」

 正直でぶっきらぼうな加賀見の対応に戸惑う葵。何か新鮮でいいな。

 加賀見をたしなめたのは日高だが、日高からすれば今の葵に対していろいろと共感する点はあるんだろうな。

 何せ日高の親友であり、

「とりあえず、葵ちゃんはここに座ってもらっていい?」

 今葵をエスコートしている春野が俺達の学年で一番の美少女と噂されていたから。



 春野は校内でも有名な美少女の一人だ。

 顔立ちは人気女優に引けを取らないレベル。

 モデルでも大成しそうなほどに美しいプロポーション。

 青みがかった黒い髪はロングに伸び、綺麗な艶がある。光の照らし方によっては神々こうごうしさすら放ちそうである。

 そばを通り掛かった男子はまずその容姿に目を奪われることだろう。

 さらに本人の性格は朗らかそのものであり、無邪気さも相俟あいまって女子の友達も多くいるのだそうだ。

 容姿と性格に優れるがゆえに男女問わず人気であった春野の噂は俺達が一年のときから猛烈に広まっていった。当時春野と違うクラスであった俺でさえも小耳に挟んだぐらいだった。

 入学して間もない頃からその美貌が周囲に伝わり、春野を一目見ようと彼女の属していた一年五組の教室を通り掛かる生徒が一時期後を絶たなかったそうである。そんな生徒の中には当たり前のように当時二・三年の先輩もいたとか。


 日高は春野の親友であり、幼馴染でもある。

 その付き合いは長く、家が近いこともあって幼稚園の頃から仲睦なかむつまじいものだったそうだ。

 中学の辺りから異性関係で苦労する春野を助けるようになった日高は、高校で一緒になった後も同じことを続けていた。

 特に高校に上がってから春野が校内で有名になってくると春野も日高も寄ってくる男子をあしらうのに疲れ、一時期人目の付かない場所を休憩に利用することもあるほどだった。

 前々から男性を苦手としていた春野にとって、必要に応じて強気に出てくれる日高には大いに感謝していたそうである。


 そして春野と日高はある事件・・・・をきっかけとして安達・加賀見・俺と知り合い、安達と俺のいる一年二組の教室に集まって今のグループでつるむようになった。



 さて、春野から着席を促された葵は

「あ、いや、そんなお構いなく」

「いーのいーの、遠慮しないで」

「あ、すみません。では、失礼します」

 おずおずと腰を掛けた。

 ちなみにそこは春野自身の席だった。




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