第013話 自己紹介

 俺は今危機に陥っている。

 悪魔に首根っこを掴まれ、真正面から向き合わされている状況だ。

「ち、違うんだ加賀見、悪魔とはお前のことではなくお前の心の中の邪悪のことを指してて」

「結局私のことじゃん」

 くそう、ごまかしきれなかった。

 どうするどうするどうする。これじゃまたいつぞやの地獄のショーの再来だ。


 俺が焦りに焦っていると、加賀見が突然俺の服を掴んでいた手を離した。

「もういい、私も前みたくはっちゃける気力はない」

「お、おお、そうか」

「前だったらどうだったかわかんない」

「それほんの先月ぐらいまでのことだよな」

 要は俺達が一年生の頃のことだよな。

 何はともあれ助かった。まだ俺は長生きできるみたいだ。


 加賀見の言葉を信じたわけでもないが、コイツが一年の頃より大人しくなったのは確かだった。

 俺達が教室に集まり雑談しているときでも、先に説明した口撃や制裁は一切やらなくなった。

 最初は別人かと思ったぐらいである。

 実はコイツには双子がいて姉か妹のどっちかが加賀見真幸を名乗っているのではと疑いもしたが、

「なら身をもって本人って証明してもいい」

 と言って獲物えものを見つけたような恐ろしい笑顔を見せてきたので、間違いなく加賀見本人とわかりました。あのとき「信じられないから証明してくれ」とか言いようものなら俺の身は今頃この世になかったかもしれない。


 加賀見と俺達がやり取りしているとその背後から

「やっぱり黒山君達が騒いでたんだね」

 見慣れた女子が三人やって来ていた。やっぱりって何だ、やっぱりって。

「お前ら教室で待つって言わなかったか?」

「そのつもりだったんだけど、廊下がやけに騒がしかったからさー」

「何だろうと思って廊下を覗いてみたら黒山君がいたんだもん。だからもう皆でこっちに来ちゃおうってなってさ」

 加賀見を含め今この場にいる四人の同級生こそ、俺がいつも一緒に学校生活を送っている面子メンツだ。授業で二人組作るときは確実に一人あぶれることになります。


 この女子四人に対して、

「え、えっと、初めまして先輩方、私は奄美葵って言います」

 さっそく葵が挨拶を仕掛けてきた。姿勢を正すものの動きは硬かった。

 俺と初めて会ったときはもっと気安く話し掛けてたくせにこの態度の差は何なんだ。


「さっきも名乗ったけど加賀見真幸。よろしく」

 墨のように黒々とした長くまっすぐな髪を結ったツインテール。

 いつも眠たそうにしているかのように見える半開きの目つき。

 中学生どころか小学生と言われても通じそうな童顔。

 少しでも力を加えたらすぐに折れてしまいそうなスレンダーな体格。

 そして葵よりも背の低い小柄な身長。

 性格を知らない人間からすれば愛らしい天使を彷彿ほうふつとさせる姿をまとった少女が加賀見である。


 で、加賀見の性格を俺の口から知った葵の反応は

「よ、よろしく、お願い、します。か……加賀見、先輩」

 当然こうなる。

 鬼か悪魔、はたまた妖怪と対峙たいじしたかのごとくビビりまくり挨拶も覚束おぼつかない有り様は見てて気の毒になってくる。ただ葵の普段の様子と比べるとギャップがすごいので見てて面白くなってくる。

「あの、そんな怖がらなくても」

「え、いや、怖がってるわけじゃないですよ。先輩方を前に、えーと、そう、緊張してしまって」

 いや明確に怖がってんだろ。緊張だけでこんなわかりやすく身をガタガタ震わせるかよ。

「後輩ビビらすなよ、かわいそうに」

「全部アンタのせい」

 加賀見が俺を睨んでくる。おおう、俺もガタガタ震えてくるぜ。でも全部俺のせいってのはないだろ。割合で言えば俺が1で加賀見が99ぐらいだ。俺的には。


 第一印象がすこぶる悪いものになった加賀見はとりあえず置いて、他の連中も自己紹介を始める。

「ふふ、私は安達弥由。よろしくね」

 茶髪のショートボブにとにかく白い肌が特徴の女子、安達が自己紹介する。

「私は春野凛華はるのりんかだよ! よろしく奄美ちゃん」

 今でも道行く男達がチラチラと見てくる美少女、春野が次に名乗った。

「私は日高皐月ひだかさつき。そんな緊張しなくたってダイジョブだよ」

 余裕を感じさせるたたずまいの、至る所が跳ねたショートカットが特徴の日高が続いて名乗る。


 各々の自己紹介に対して一つ一つ挨拶を返していた葵が最後にぼやいた。

「……ホントに胡星先輩以外は女性の方だけなんですね」

「言っておくが偶然に偶然が重なっただけだからな」

「見目麗しい方々ばかりですがそれも偶然なんですか?」

「ああ」

「胡星先輩が好みの見た目の女子と次から次へと自分からアプローチして親しくなったとかじゃなくて?」

「何だその性欲に身を任せたプレイボーイは。いたらむしろ俺が見てみたいわ」

「いるでしょ、ここに」

「ぬかせ」

 葵は俺のことを女好きがこうじた化け物と思い込んでるのだろうか。それならそれで何でそんな化け物と関わろうとしているのか。

「さっきから何コソコソ話してんの」

「いや、別に」

「大した話ではありませんよ」

 葵と俺が小声で二人会話していたら加賀見が尋ねてきたのではぐらかした。

 今の話をそのまま女子四人に伝える度胸は俺にも葵にもあるわけない。

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