第012話 二年の教室へ

 奄美姉妹に誕生日パーティーの参加を了承した俺は、葵を連れて二年二組の教室に向かっていた。

 目的はそこにいる俺の知り合いを紹介するためだった。

 俺は当日に挨拶すればいいだろと言ったのだが、葵がなぜか当日までにお会いしたいと頼み込んできたので仕方なく紹介する運びとなった。

「どうも緊張しちゃいますね」

「そりゃ二年の教室が並ぶところに後輩が一人いたら目立つだろうな」

「やめてください、余計緊張します」


 我が校の学生は学年ごとに内履きの装飾の色が異なる。

 今だと奄美先輩のような三年生は青。

 俺のような二年生は緑。

 そして葵のような一年生は赤となる。

 したがって生徒が廊下を行き交うなか、他の学年の生徒は結構目立つ。

「胡星先輩も姉の教室へ足を運んだことはないんですか?」

「んー、あったような気も」

「やっぱ緊張したりしたんですか?」

「いや、そんなでもないな。ちょっと目立ったかもしれないが」


 ていに言えば周囲の視線が俺にどう向けようがあんまり気にならない。

 目立ちたくないという願望はあるものの、一方で個々人が俺に直接関わらなければ俺に対してどういう印象を持ってどういう目で見てこようとどうでもいい、という気分もあった。

 例え俺のことを凶悪犯のように見てくる奴がいても気にならないと思う。もっとも、直接手出ししてきたら何かしら対処はすると思うが。

「ホントですか? ……て思いましたけど胡星先輩なら別にそうでもおかしくないですね」

「そりゃどーも」

 俺と会ってほんの数日しか経ってない奴が何かほざいてるが、まあ気にしない。こういう奴だってわかってるんだし好きにさせよう。


「それはそーと、まだこれからお会いする先輩方のこと説明してもらってないですよ」

「言うのおせーよ。もう二組の教室まで残り20歩ぐらいだよ」

「短いのか長いのか微妙なラインですね。ならちょっと歩を止めて説明してもらえませんか」

「なぜ?」

「先輩に失礼なことがないようにしたいからです。せっかくこれからもお付き合いすることが多くなりそうな人達なのに、初対面でやらかすとかできる限り避けたいですよ」

 何かもっともらしいことを言ってきた。でも付き合いが多くなるってどういうこと? それもやけに自信持ってるね。


「なら心配要らないと思うぞ。アイツら根のいい奴らだから。一人を除いて」

「一人を除いて⁉」

「だからさっさと済ませよう。そして俺を自由にしよう」

「なおさら説明してほしくなったんですけど⁉ それからしれっと本音を吐くのやめてもらえません⁉」

 いつの間にか廊下にいる連中から注目を浴びる葵と俺。

「ほらー、お前が大きい声出すのと一年生なのにここにいるのと絶世の美貌を持ってるからこんなことに」

「理由、一番目だけで充分でしょ。そんで最後の方、先輩が言うとものすごく嘘っぽいです」

 いや、結構素直な感想を言ったつもりなんだけど。現にその美貌でこの前ヤバい男を引き寄せたばっかじゃないですか。


「さっきの話ですが、根のいい方ではないっておっしゃった先輩とは一体どういう人なんですか」

「聞いたまんまの意味だ。あいつは人じゃない、鬼や悪魔の類いだ」

「何もそこまで言わなくても」

「魔界の出身らしいぞ」

「真面目なトーンで何言ってんですか」

「こっから歩いて5分くらいの場所にあるんだってよ」

「コンビニの距離感ですね」

「とにかくヤバい奴だってのは確かだ。今は見る影もないぐらい大人しいが昔、俺が一年のときはそれはもうひどい目に遭ったもんだ」

「昔ってほどでもない気がしますがそうなんですか」

「一年のときの奴の所業だが、まずは会話にネチネチとこっちの揚げ足を取ったりけなしたりしてくる執拗な口撃。話を聞かなかったらそれを名目に嬉々として繰り出してくる暴力一歩手前の『制裁』。他にも悪行の数々を挙げればキリがない」

 攻撃の対象は俺限定ではあるがな。

 奴の危険さをわかりやすく伝えるために誇張も相当入れたけど別に問題ないね。ほら、葵がちょっと顔色を青くしてる。効果は抜群だ。

「そ、そんな方がいるんですか」

「まあな。この前サクライ君とやらに地獄の光景を垣間見たようなイリュージョンを披露したって話はしたよな」

「はい、覚えてますがそれが何か?」

「あれを創始したのもその悪魔だ」

「そ、そうなんですか」

「正直俺もソイツから見なきゃあんな鬼畜のショーは学べなかった、というか全く思いつきもしなかったぐらいだ。この世にいながら地獄を見られるとかある意味臨死体験だな。人外はやっぱりセンスが違うぜ」

 そう考えるといっそ奴のセンスには感心させられる。一生見習いたくないが。


「その方のお名前を教えてもらえませんか」

「ああ、ソイツの名は――」

加賀見真幸かがみまゆき

 俺の真後ろから突然新たな声が聞こえた。

 と同時に俺の背後の襟を何者かの手が掴んできた。

 その手に引っ張られるままに後ろを振り向く(振り向かされる)と、視線の先に俺の同級生がいた。

「か、加賀見……」

「あれ、アンタ私のこと悪魔って呼んでなかった?」

 そう、俺がさっきまで悪魔と称していた女だった。

 一般のマンガ・アニメ・ゲームに出てくるような角やら牙やら鋭い爪やらは生えていないものの、半分ぐらい閉じた目つきでニッコリと笑うその姿は悪魔に並ぶ恐ろしさを醸し出していた。俺今日死ぬのかな。

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