第009話 イリュージョン

「何だお前⁉」

 奄美妹からサクライ君などと呼ばれていた男子生徒が俺に激昂げっこうする。

「え、スマホで周りの風景を撮ってただけなんですけど。貴方こそ急に何ですか」

「先輩、いくら何でもムリがありますよ」

 奄美妹も俺の方を見てくる。それもジト目で。

「奄美の知り合いか⁉」

「うん、まあ」

「知り合いっていうほど親しい関係じゃないけどな」

「知り合い未満の関係ってそれもうただの他人と変わらないのでは」

「実際そうだろ」

「さすがに心外です。これから一緒に遊ぶことが多くなる関係だというのに」

「それだって今後どうなるかわかんねえよ」

 そもそも未来のことを引き合いに出されても俺達の今現在の関係がどうなるわけではない。それと未来のことなのにやたらと断定したような口調なのもどうかと思うぞ、奄美妹。


 で、そんな俺達を妙な様子で見つめるサクライ(仮)。

 時間を置いて落ち着いてきたようであり、さっきよりは声を控えめにしつつ問い掛けてきた。

「スマホで今の様子撮ってたのかよ」

「おう、そうだな。馴染みのあるこの空き教室をスマホで思い出に残そうとしたらたまたま君達が大事なお話をしていたみたいで。その会話の様子もたまたま記録に残ってしまったのだよ」

 スマホを顔のすぐ横に掲げながらサクライに説明してあげた。撮れたての動画も再生してスクリーンに表示してあげるオマケ付きだ。

 正直空き教室に潜んでいる俺の存在に気付かれるかとも思ったのだが、同じ教室にいた奄美妹に首ったけだったゆえか全く気付かれることなく一部始終を撮影できた。奄美妹便利だな。


 さて、俺の説明を理解したようでサクライの顔面に青みが帯びてくる。こんなわかりやすく血の気の引いた人を見るのは生涯で初めてかもしんない。

「よこせ!」

 またも大声を張り上げたサクライ君が俺の持つスマホへ手を伸ばして一気に接近してきた。

 先程から冷静さを欠いているとは思っていたがここまで愚かな行動に出るとは。恋は頭をおかしくするのだろうか。不思議だねえ。


 冷静さを欠いたサクライ君を御するのは実に簡単だった。

 伸ばしてきた手を掴んだまま瞬時に背後まで回り込み、残った片手も捉えて両手とも背後で固定する。

 あいにくロープのような拘束具なんぞ持ち合わせてはいないため、俺の片手でサクライ君の両手をガッチリと抑える。

「……すごいですね、先輩」

 奄美妹が漠然とした賞賛を投げてきた。

「何がだ?」

「いや、櫻井君を抑える手際の良さとか」

「何を言う。失敗しそうなシーンが数えきれないぐらいあっただろ」

「どこにですか⁉」


 サクライ君を抑えたまま奄美妹とのおしゃべりに興じていると空き教室の外からお迎えが来た。

「うまくいったようね」

「ええ、まあ」

 奄美先輩である。

 空き教室の中には俺、外には死角になるような場所に奄美先輩が待機しており、奄美妹が例の迷惑を掛けられている男子(サクライというそうな)を呼び出す。

 そしてキッパリと決別を告げ、相手が妙な手段に出たときに備えて奄美先輩と俺が最初から動画を撮影しておく。

 それなら奄美先輩か俺のどちらかにトラブルがあっても残ったどちらかが対処できるという寸法だった。


「さて、ちょっとサクライ君にお披露目ひろめしたいことがあるんですが、二人とも外に出てもらえますか」

「え? まあいいけど」

「な、何する気だ⁉」

 ジタバタと抵抗していたサクライ君が反応を示した。

「なーに、ちょっとしたショーだよ」

「え、それちょっと興味あるんですが」

 奄美妹が目をキラキラさせてくる。このコの感性、ちょっとどころかすごく変わってると思う。

「いいから出ろ」

「ほら行くよ」

「ちぇ、わかりましたー」

 奄美姉妹が空き教室を出ていったのを確認すると俺は思わずニヤけてしまった。


 昔、俺はとある同級生にとあるイリュージョンをせてもらったことがある。

 見る者全てを恐怖で震撼させ、三日は眠れなくなるような、とにかく地獄の底を覗いたようなイリュージョンだ。15歳未満どころか全年齢で禁止しなきゃダメだろというレベルの催しだ。

 俺もそれを観て最初の頃は脳が思い出すことを拒否していた。思い出したら死ぬぞと脳が警告を発しているかのようにフラッシュバックすることさえ一切なかった。

 時が経つにつれてちょっとずつ思い出すようになったのだが、思い出したばかりのときはそれはもう気分が陰鬱になったのを覚えている。何ならちょっと涙目になってたかも。

 やがて俺の中に一つの欲望が生まれた。


 誰かを俺と同じ目に遭わせてやりたい、と。


 普通にやれば八つ当たり以外の何物でもないのだが、今回はオイタをしてしまったコへのお仕置きという名目でひが……じゃなくて観客を持つことができた。

 うん、そうだ。これはお仕置きなんだ。うん。

 以前イリュージョンを披露してくれたかの同級生はもうおうちに帰ってしまってるだろう。

 だから今回は特別に俺が演者となってあげよう。


 俺の苦しみ思い知れや!

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