第007話 放置するのは

「この高校って私の通ってた中学出身の生徒が多いんですよ」

「ほう」

 奄美先輩と俺の向かい合う一対の机に向けて椅子を運び、そこに座った奄美妹は事情の説明を始めた。

 俺もいることを考慮してか敬語を使っていた。いやー、気遣ってくれて先輩嬉しい。て思えばいいのか?

「当然私のいる学年でも中学からの知り合いが多いのですが、いささか厄介な相手がいまして」

「そうなのか」

「その人から告白を受けてフッたことがあるんです」

 おお。これまたストレートな。

「告白してきたのは中学卒業のちょっと前でしたかね……。それ自体はいいんですが、この高校に入ってきて、クラスまでその人と同じになりました」

 お? ちょっと嫌な予感がしてきましたよ。

「そんで入学式でその人を見掛けたときにその人がやたらと私に話しかけてきて……。中学で一緒だった友人や、新しく一緒のクラスになった女子と話すときにもなぜか私の近くにいて、何かと会話に混ざってくるんです」

 おっと、話に聞くだけで何かの素質を感じる逸材ですね。何の素質かは具体的に言いませんが。


「話から察するに、ソイツとは元々一緒に遊ぶような仲でもないんだよな」

「もちろん。中学のときに同じクラスだったってだけでどういう人なのかもよく知りません」

 ああ、相手は完全に奄美妹の見た目にれたパターンか。

 奄美妹は机に両肘を乗せてゆるふわウェーブな髪を右手の指で適当にいた。眉をひそめているのを見るに話題の人物にまつわる嫌なことを思い出して気を悪くしているらしい。

「なので、近々ハッキリと迷惑だから近寄んないでほしいって伝えるつもりなんですけど、相手が何してくるかと思うと怖くって」

 うん、俺もソイツが何かしてきそうで怖いよ。


 昨日今日と関わって感じた限りでは奄美妹の口調はそれなりに厳しい。少なくとも相手をなだめられるような優しさや穏やかさはほとんど感じられない。

 コイツの口から絶縁宣言を叩きつけられたら相手が逆上してきてもおかしくないとさえ思ってしまう。

 でもこのまま様子見しても何か行動がエスカレートしそうでやっぱり怖く感じるよ。奄美妹には怒られるだろうけど他人事でよかった。

「そこで、黒山先輩とお姉ちゃんにもしものときのフォローを頼みたいんです」

 他人事かと思っていたらこうやってしっかり巻き込まれたよ。

 まあ予測してたよ。奄美妹が助けてもらいたいことってんでこの話を始めたんだからそりゃ内容は決まってるでしょうよ。

「さすがにそこまで付き合う義理はないんだが」

 実姉である奄美先輩はともかく、俺にとっては昨日初めて会ったばかりの後輩である。赤の他人同然である。

「えー、しつこい相手には力を貸してくれるって言ってたじゃないですかー」

「言ってない。そういう奴相手との交流を断る口実に使うならいいって話だったろ」

「今話した人ってそういう口実とか通じないと思うんですけどー」

「そうか。なら他の手段を考えるんだな」

「あーん、お姉ちゃんのことには協力してくれて私に対しては何でこんな冷たいんですかー」

「ねえちょっと待って、私も確認したいことできたんだけど」

 奄美先輩が割り込んできた。


「ん? どうしましたか奄美先輩」

「さっきアオイの彼氏役は断ったって言ってたわよね」

「ええ」

「アオイに力を貸すっていうのはどういうこと?」

 あ。

「あーすみません、ややこしくなりそうなんで説明を割愛したんですが」

「彼氏じゃないけど友達として遊びに付き合うって名目での男避けには協力してくれることになったんだよ」

 奄美妹が俺の言葉に重ねて説明を捕捉してくれた。そんな気遣いは要らん。

「……ふーん」

 今の説明で理解してくれたのかどうか、奄美先輩はこれ以上言葉を発さなかった。

 ただその仏頂面は一体どうしたことだろう。


 まあそのことは今置いておこう。

 まずは奄美妹の手助けをどうするか、だ。

 このまま首を横に振り続ければ奄美妹も諦めるかもしれない。

 しかし、以上の事柄があるように例の相手を避けるための口実として、しばしば遊びに行かされるかもしれない。

 そうなるとその分だけ俺の自由時間は減っていく。

 そう考えると俺にとってもこの状況を放置するのは得策ではないな。

 仕方ない、一日だけちょっと踏ん張れば何とかなるかもしれないんだ、協力してやるか。


「奄美妹、さっきの話だが」

「何ですか? その前に奄美妹って私の呼び名ですか?」

「さっきの万一の際のフォローの話、引き受けるぜ」

「え? ホントですか?」

「どうにかしないとお前との遊びにどんだけ付き合わされるか知れねーからな」

「うーわー、そこまで一人の時間を確保したいんですか……」

 その通りだ。俺の言いたいことが伝わったようで何より。

「……私も協力する」

「え、お姉ちゃんもいいの?」

「私も同じ状況ならどうにかしたいと思うだろうし」

「そっか。ありがとお姉ちゃん」

 あ、そうだ、と奄美妹が奄美先輩から俺の方へと向き直る。

「お礼を言うのが遅くなりましたが、黒山先輩も重ね重ねの御協力ありがとうございます」

 そして頭をペコリと下げてきた。

 奄美妹のつむじを見ながら

「おう」

 とだけ返事をしておいた。

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