第006話 気遣い
「こんにちは、さっきぶりですね黒山先輩」
「お、おお」
奄美妹が俺の方へゆっくりと近付いて挨拶をする。
記号のようなニコニコ笑顔。愛想がいいというのとは別の、どこか機械的な印象があった。
「ア、アンタ何でここに」
奄美妹の姉である奄美先輩が問い掛ける。うん、ホント何でここにいるんだろ。
「お姉ちゃん前に学校の空き教室を使って黒山先輩と打合せしてるって話してたじゃん。手当たり次第探してたらお姉ちゃんと黒山先輩の声が聞こえてきたんだよ」
奄美妹が空き教室の出入り口に対して背を向けたまま親指で指す。そういやちゃんと戸締まりしてなかったなー……。これヘタしたら近くを通り掛かった他の誰かにも普通に聞かれてるかもなー……。うん、考えすぎってことにしよう。この辺あんま人通んないし。
「でもちょーっと意外でしたね」
奄美先輩への対応を切り上げ、再び俺の方へと声を掛ける奄美妹。
奄美先輩はそんな妹さんに
「意外って何がだ?」
「聞いてますよぉ、黒山先輩は女の子のお友達が多いって」
「……奄美先輩、妹さんに俺のことどこまで話したんスか」
「えっと、ゴメン」
奄美妹の言う「お友達」とは言うまでもなく
奄美先輩とは特に交流のない奴らだが何人かは奄美先輩とも面識があるし、俺の口から必要に応じて事情を話したこともある。
だから俺の交友関係を奄美先輩はある程度知っているのだろうが、まさかそれが奄美妹の知るところにもなっていようとは。
「まあ今はそんなことどうでもいいじゃないですか」
奄美先輩への追及を奄美妹が遮る。先日も似たようなくだりがあったけどお前の「どうでもいい」はこっちの「どうでもいい」じゃねえんだよ。何事もなかったように話を進めんな。
そう言いたいのは山々だったがどうせ無視するだろうからやめた。前回で経験済みだ。
奄美先輩は一旦話が
「女の子と接点の多い先輩なら女好きなんじゃないかって思ってたんですけどねー」
奄美妹は教室に入ったときから笑顔を保っている。
その笑顔が彼女の印象を不敵なものへと変えていった。
「お前それは安直じゃないか。なりゆきでたまたま異性の多い状況に置かれることだってあるだろ。例えば女子の多い部活に入った男は全員女好きだって言いたいのか」
「話が別だと思いますけど。先輩の言ってる状況は偶然そうだったってだけの話でしょう。でも、誰と仲良くなるか、誰と友達になるかなんて自由なんですからその人の性格や好みによってくると思いますよ」
おおう、このコったらホントにメンド臭い。
そんなの知るかって一蹴できれば楽なんだけど、奄美先輩の手前ますます事態が面倒になりそうだしやるのは
「俺の場合も偶然だ。別に女友達が欲しかったわけじゃないし一人になりたいって抵抗もしたさ。なのに気付いたら奴らとの交流が当たり前になってた。羨ましいか? ならこのポジションやるよ」
「いいですよ別に。知らない先輩ばかりとか気遣いまくって心休まりません」
「俺にも少しは気を遣ってくれ」
「えー、遣ってるじゃないですかー。会ったときから先輩にはずっと敬語ですよ私」
え、お前の気遣いってそのレベル? 年上への敬語って気遣いとしてはこの国に生まれ育った人間なら平均どころか必要最低限のレベルだと思ってたけど俺がズレてるの?
「それともう一つ気になったんだが、お前俺のことを女好きと思ってるのによく彼氏役になってくれなんて提案できたな」
昨日の話を聞くだに奄美妹には異性関係での苦労が多いように感じられた。
その本人が女への興味が激しいと見られる男とわざわざガッツリ関わろうとするのはどういう
「それは特に問題に感じませんでしたね。相手がそういうタイプとわかっていれば
「えらく
何なのこのコ。バトル漫画のキャラクター並に強い精神を感じるんだけど。関わり合いになると強敵がどっかからやってくる展開にならないよね?
ここで、黙っていた奄美先輩に動きがあった。
「ねえ、アンタ一体何しに来たの?」
ズバリ奄美妹がこの空き教室くんだりまでやってきた用事の確認だった。
そうだ、そうだよな。わざわざ奄美妹が事情なくして俺達の打合せの割込をしたなんてことはないよな。
当然、奄美先輩か俺のどっちかに用があってやってきたんだよな。
用事があるとしたらどっちだろうか。
いや深く考えるまでもない、奄美先輩一択だ。
奄美妹にすれば俺への用事は昼で既に終わっている。そのときに奄美妹のお願いは引き受けたんだし、さらなる交渉を求めてやってくるとは思えない。
「実は二人に助けてもらいたいことがあって」
どうやら奄美先輩と俺の両方に用事があった模様。俺の予想より多かったぜ。
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