第005話 性分

 奄美妹の依頼を引き受けた俺はとある空き教室へと向かっていた。

 一年のときから無断で使用しているいわくつきの部屋だが、特に教師陣からとがめられることなく今に至っている。誰も気付いてないのかそれともメンド臭くて放置しているのか。多分後者だな。

 空き教室の扉を引くと、既にどっかの席へ腰掛けている女子がいた。

「こんにちは」

「ええ、今日もよろしくね」

 その女子こそがさっきまで顔を合わせていた奄美妹の姉、奄美雛あまみひなである。

 俺が奄美先輩と呼んでいた相手でもある。


 奄美先輩は俺の通う九陽高校の三年で俺の一学年上に当たる。

 彼女とは同じ学校に入っているとはいえ同じ部活に所属しているわけではないため本来なら何の接点も持たないはずだが、俺が一年のときにふとした偶然で知り合った。

 その後は紆余曲折うよきょくせつを経て先輩が意中の相手と交際できるよう協力することとなり、現在に至るわけである。


 奄美先輩と俺はいつも向かい合った一対の机のある席に座って作戦会議を行う。

 今日も例に漏れずその席に着くと奄美先輩が話を切り出した。

「ねえ、打合せを始める前にちょっといいかしら」

「どうしましたか。実は好きな相手が変わっちゃったとかそんな内容ですか」

「ち、違うわよ。榊君が好きなのは、今でも、変わってないから」

 俺のちょっとした冗談に対してクスリともせず、やけにオドオドした態度を取る奄美先輩が少し引っ掛かった。まあいっか。

 ちなみに奄美先輩が口走った「榊君」とは先に述べた奄美先輩の意中の相手である。要はターゲットである。

「ウチの妹が昨日今日と貴方にお世話になったって聞いたんだけど、心当たりある?」

 ああそのことか。

 奄美妹から話がいってるだろうと思って、こっちからは奄美先輩に連絡しなかったんだよな。

「はい、昼休みに妹さんと話をしてました」

「そう。それで彼氏役っていうのは引き受けたの?」

 奄美妹、そこまで話をしてたのか。ツッコまれるのが面倒だからそこはごまかしてほしかった。

「いえ、聞くからにメンド……自分には過ぎた役割だと思ったので」

「本音隠すのヘタね」

 そう言って奄美先輩は微笑ほほえんだ。


「それで、ゴメンなさいね。ウチの妹が迷惑掛けちゃって」

 あ、奄美先輩が支持や後押ししたわけではなかったんですね。その可能性もあるかと踏んでましたよ。

「非常識なのは葵の方だし、彼氏役の件は断ってくれて大丈夫よ」

「はあ」

 ここまで聞いた俺には、一つ疑問が浮かんだ。

「すみません、一点伺います」

「何?」

 責めるわけではないんですが、と前置きして

「妹さんが自分に彼氏役の依頼を持ち掛ける件を御存知だったなら止めたりしなかったんですか」

 迷惑を掛けたとわかっているなら未然に防いでほしかったのですが。あ、これ責めちゃってるな。

「あのコ、一度決めたらなかなか曲げない頑固なところがあってね。今回も一応止めてはみたんだけど『一回だけ! 一回だけやらせて』とかいって聞かなかったのよ」

 そうだったんですか。改めて面倒な奴に目を付けられたもんだな。誰かが彼氏役でも勤めたら少しは落ち着いてくれるのだろうか。

「ところで、私も一ついい?」

「どうぞ」


「貴方は彼女を作ることに興味ないの?」


 え、どうしたんですか急に。

「え、どうしたんですか急に」

 おっと、思っていたことがそのまま口に出てしまった。

「身内自慢になっちゃうけど葵は見た目だけはなかなかのものだと思うわ。そんなコに演技とはいえ彼女の真似事まねごとをやってあげるなんて言われたら、袖にする男子は少ないと思うけど」

 奄美先輩は顔をやや下に向けてスマホを見ていた。

 教室に日光が差し込み、指でスマホの画面をスライドやらタップしているその姿に影ができていた。


 奄美妹の見た目については同意見だ。

 あれほどの美少女に私の彼氏を演じてくれないかと言われたら、仲良くなれる絶好のチャンスだと快諾する男は枚挙にいとまがないであろう。だからこそ俺も他の男を当たれと提案したのだ。

 しかし、だ。

「自分は恋人を持とうという気は一切ないです」

「……なぜかしら?」


「一人で過ごすのが好きな性分ですから」


 言ってしまえばそれに尽きる。

 俺はプライベートのときは基本的に一人で行動したいのだ。

 どこかへ遊びに行くとしても買い物するにしても他の何をするにつけても、一人でやれるならそれに越したことはない。

 今は故あって奄美先輩とともに過ごしたり、はたまたとある連中とつるんだりしているもののできることなら一人でいた方が俺にとっては楽しいのだ。

 そんな俺が友人を、ましてや恋人を持つ意欲などあるはずもない。


 俺が奄美先輩の質問に答えると

「……ふーん、そうだったんですね」

 という声が空き教室の出入り口の方から聞こえた。

「⁉」

 心臓が飛び跳ねる心地がして、奄美先輩と同時に出入り口の方を勢い良く振り向いた。

 そこには、今日の昼にお話をしたばっかりの後輩が立っていた。

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