第004話 似ている
奄美妹から取引らしきものを持ち掛けられた翌日、校舎裏へ向かうと既に奄美妹が待っていた。
「こんにちは、黒山先輩」
「おう」
奄美妹は後ろで手を組んでいたが、それを解いて少し姿勢を正した。
「早速ですが、昨日のお返事を聞かせていただけないでしょうか」
おお、せっかちだな。だが俺にとって話が早いのは大助かりだ。
「昨日の返事だが、彼氏役を演じるのは断る」
「え」
奄美妹が
そもそも昨日の時点で断るのは既定路線だったんだ。
一年の生徒全体を見回したわけではないが、俺の見たところでは奄美妹は一年の中でもトップクラスの美少女であろう。
そんな奴が遠くない内に生徒達の耳目を集め、男子は少しでも仲良くなろうと接近して女子からは妬みを買うことなど簡単に想像がつく。現に俺と同学年で同様の例があるのだ。
嘘とはいえ俺が奄美妹と交際していると対外的に表明された場合、
ただでさえこっちは今厄介な状況を抱えてるんだ。そんな状況下で少しでも穏やかに学校生活を送れればと思ってたところでこれ以上面倒事を増やされてたまるか。
それにこっちのお願いを叶えるなんてのも俺にとって大したメリットはない。
見ず知らずの後輩に対して何をどうお願いしろというのか。
本人の口ぶりからしても「努力はしますが叶えられなかったらゴメンなさい」程度のモチベーションだったし余計に意味がなく思える。
あえて言えば目の前のコイツに願うのは極力関わらないでほしい、てことぐらいか。それなら本人の努力で充分叶う
ともあれ俺にこの依頼を最初から引き受けるつもりはなかった。
それでも昨日の時点で即座にノーを突き付けなかったのは時間稼ぎのためだ。
あの場で即座に断ったとしても奄美妹が食い下がる可能性があったのだ。
彼氏役の話自体が寝耳に水だったし、ろくに思考も追い付いてないなかで反論されたり交渉を続けられたりしたら俺は根負けするかもしれなかった。
ならば一旦奄美妹に俺が話を受けるかもしれないという希望を持たせつつ、その間に相手が食い下がったときのシミュレーションや対策を講じておいた方が都合がいいと踏んだのである。……我ながらアクの強いことを考えるなあ。
「理由、教えてもらえませんか」
「俺は日々平穏に過ごしたい。あんまり目立つマネはできねえさ」
「そうですか……」
奄美妹が口を
と思っていたのだが、奄美妹はなおも食い下がってきた。
「ならせめて、男避けに時々先輩と遊びに行くって口実を使わせてもらえませんか」
彼氏役ではないものの、友人役になれということらしい。
「いやお前、それなら自分の友達に頼めばいいだろ」
そう返した後に思ったのだが、ひょっとしてこのコ友達いないのか?
「私に男子の友達はいません。女子だけの友達と遊びに行くからなんて断っても、男によってはその遊びに付いていこうとする恐れがあるんです」
「いくら何でも心配しすぎじゃないか」
「過去に似たようなことがありましたから」
「マジか」
何だかこのコ異性関係でいろいろと苦労してそう。
「だから、いざというときに変なのを寄せ付けない手段が欲しいんです」
ここまで聞いて俺は一つの感想を得た。
ああ、コイツも俺と似ているな、と。
俺もコイツの姉であるところの奄美先輩と交流を持って久しいが、そのきっかけは俺をとある連中から解放してもらうための口実に使うためだった。
結果それは失敗に終わったものの、奄美妹がやろうとしていることはそのときの俺の姿と重なって見えたのである。
厳密に言えば奄美妹の事情と俺のそれは異なる点も多かろうが、そこまでして人とあまり関わりを持ちたくないという点においては何となく理解できる気がした。
「……相手がしつこかったとき限定にしてくれ」
しょーがねーな、という気分になった俺は奄美妹の依頼を引き受けた。
「え⁉ いいんですね?」
「今言ったことを守るならな」
「はい!」
奄美妹は神妙な雰囲気から一転、明るくなった。
「んじゃ今週の土曜遊びに行きますか!」
「お前人の話聞いてた? しつこい相手が出たときにって言ってんだろ」
「今週の土曜に現れる見込なんですよ」
「そんな天気みたいに予報されても」
「確率は30%ぐらいです」
「降水なら傘持っていくべきか判断に困る数字だな」
「え? 私と相合傘したいんですか? 彼氏の役でさえないのにそういうのはいかがなものでしょうか」
「傘っていうワードだけ拾ってそこまで邪推できるお前のセンスがすごい」
「今からでも彼氏役になりたいなら間に合いますよ?」
「ねえ、お願いだから人の話聞いて」
このコの止め方を今度奄美先輩に聞いてみよう、とこのとき思った。
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