第003話 先延ばし

 衝撃を受けている最中の俺に奄美妹が再度口を開く。

「まあそんなことはいいんです」

「俺はよくないんだが」

「私の彼氏を演じてもらいたいのですが、もちろんタダでとはいいません」

 俺の言葉を無視して話を進める奄美妹。俺ももうコイツを無視して帰ろうかな。


「もし私の彼氏を演じてくださるなら、私もアナタのお願いを一つ聞きます」


 何か空恐ろしい発言が聞こえてきた。これ無視したら後々面倒になってくるヤツだ。

「あ、注意しておきますが何でもかなえるって意味じゃないですよ。私の彼氏を演じるという内容に見合ったレベルで、公序良俗に反しない範囲のお願いを叶えるように努めるって意味です」

 人差し指を立てながら得意げに説明されてもな。


「どうでしょう先輩。引き受けてくれませんか?」

 奄美妹が回答を迫る。

「考える時間が欲しい。回答は後日でいいか?」

「え? ……わかりました。いつ頃になりそうですか?」

「そうだな、明日には結論を出す。場所と時間は今回と同じにするか」

「はあ、いいですよ」

 奄美妹のさっきまでの自分がペースを握ったかのような調子はどこへやら、今は普通のテンションに見受けられた。



 以上の出来事から一日経った。

 朝の登校時、自分の所属する二年二組の教室にてスマホでラノベを読んでいると

「黒山君、おはよー」

 と挨拶が掛かった。

 一年のときから聞き慣れた声色だった。


「おう」

 とだけ返すのもいつしか習慣のようになっていた。

 俺の目の前にいる女子は安達弥由あだちみゆという、俺の同級生だ。

「ねー、昨日の件だけどさ」

「スマン、今日はお前と会話するのは勘弁願いたいんだ」

「え?」

「お前と会話するとクラス中の奴らが不幸に落ちるって占いに出てさ」

「そんな異常な占いどこでやってんの」

「今朝テレビの星座占いでやってたぞ。お前見てないのか?」

「見てないけど絶対うそだよねそれ」

「人の言うことを何でも疑って掛かるのは感心しないな」

「黒山君、面倒なときはいつもそうやってはぐらかすじゃん」

 ち、さすがにコイツ相手はそうそうごまかせないか。


 安達とは一年のときに同じクラスの同じ係に属した縁で知り合い、いろいろ・・・・あった後に安達の友人とともに毎日会話したり時々遊びに行くようになった。

 見た目の特徴を述べると、髪は少し茶色っぽく見えるショートボブ。

 顔つきは整っており肌は日焼けを知らないかのように白い。

「奄美先輩の妹さんっていうコと会ったんでしょ。どうだったの?」

 ああ、その件か。コイツには用事があるからってことで連絡したんだった。

「おお、別に何でもなかったぞ」

「何でもないってことはさすがにないでしょ」

「いやホントホント。新作の映画とかそんな話題だ」

「初対面でわざわざ人気ひとけのない場所でする話がそれなの……?」

 ち、やっぱコイツ相手じゃごまかせないか。


 奄美妹の件を正直に話すのも面倒である。

 男女の色恋沙汰なんぞ女子高生にとってみれば格好のネタであろう。

 それに関係してくる話題となればそれはもうしつこく質問してくるに違いない。

 こうなったら少し手を変えるか。

「まあ相手のプライバシーにも関わることだしな。人の少ない場所でって時点で察してくれ」

「うーん、確かに詮索するのはよくないかもだけど」

 安達が俺の使っている机に手を置く。


「詳しく話さない理由ってそれだけなのかなって」


 ……いやーな指摘してくれるねえ。

「充分だろ。お前は自分の個人情報を津々浦々に自分の知らない人間に流布るふされても構わないのか」

 まあ俺も奄美先輩から奄美妹へと流布されてたわけですが。

「そりゃ嫌だけど例えが極端だと思うよ」

「いやそんなことないぞ。俺がこの教室で奄美妹のことを話したら小耳に挟んだ周りの奴らがこれでもかと誇張して友達に話してそのまた友達にも伝播して最終的には日本の端から端まで奄美妹のうわさで持ち切りになるしれない」

「妹さんって伝説のアイドルか何かなの?」

「いや別に」

「ならそこまで心配することないでしょ……」

 安達の手が机から離れた。


「ま、話さないなら別にいーけど、前に話した予定・・の方も忘れないでね。もうすぐなんだから」

 ああ、忘れたわけじゃねえさ。でもここは布石を打っておこう。ブッチするいい口実になりそうだから。

「奄美妹との用件次第だな。目処めどが立つまでは何とも言えん」

「さっきからちょっと気になってたんだけど、奄美先輩の妹さんのことそんな風に呼んでんの」

「うん」

 だって一番しっくり来るし。「奄美先輩の妹さん」なんて長ったらしいし。

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