第002話 演じてほしい

 校舎の裏は薄暗く、積極的に寄りつく人は少ない。

 俺も普段はこの場所へ来ることはなく今日が久しぶりだった。

 まだ人はおらず俺はスマホを見て待っていると、奄美妹がやってきた。


「すみませーん、待たせちゃいました」

 向こうも遠くから俺の存在に気付いたのだろう。まっすぐと俺の方へ近付きながら俺に聞こえるような声量で挨拶した。

「まあいいさ。それで用事ってのは何のことだ?」

「えーっとそうですねー……。いざ口にしようとすると少し躊躇するっていうか」

「見たら消される代物を運ぶだけのカンタンなお仕事とかじゃないよな?」

「違いますよ! 私のこと何だと思ってるんですか」

「どうこう思えるほどお前のことに詳しくないんだが」

「とにかく悪いことさせるわけじゃないんで、安心してください」

 もう、と呟いた後で奄美妹は態度を改める。


「私の彼氏を演じてほしいんです」


 何言ってんだコイツ、と思うのは当然のことだと思う。

 思ったものの目の前にいる少女の美貌を鑑みるとこの上なくベタな理由が見当付いてしまった。

「男避けが欲しいぐらいにモテすぎるからか?」

「自分でそう認めるのも何ですが……結構ストレートな言い方しますね」

 そりゃそうだろ。後輩相手に遠慮する理由もない。

「別に俺じゃなくてもいいだろ。それこそお前に告白してきた奴から適当に選ぶでもよし」

 真剣な交際を考えて奄美妹にアタックするのもいるだろうが、ソイツが男避けに利用されただけだとしても相手を見る目がなかったってことで諦めてもらおう。

「そんなの怖いですよ」

 奄美妹が眉根を寄せる。

「私に告白してくる相手ってまともにしゃべったこともない人達ばかりなんですよ。どんな性格してるかもよく知らないのにいきなり彼氏彼女の関係になるとかいろいろと不安です」

「お前の友達でも最初はお前と面識ないところから関係をスタートさせてるんだからヘーキだって」

「友達と恋人では相手に求める点も違ってくると思うのですが」

「まずはお試しで一か月ぐらい付き合ってみて、ダメだったら解約すればいいんじゃないか」

「相手がそんなサブスクみたいなサービス展開してくれるならちょっと考えますけどね」


 奄美妹が俺の方へ一歩近寄る。

「黒山先輩はそういうお試し期間やってないんですか?」

「俺はそんな仕事を開業してないんだ。何なら一生する予定もない」

 ただでさえ今はある迷惑な連中のせいで大忙しな日々を送っているのだ。

 一人でいる時間が少しでも惜しい状況をこれ以上ややこしくされてたまるか。

「第一、お前も奄美先輩の妹なら知ってるんじゃないのか? 俺が今奄美先輩に関わる用事に携わってるってこと」

「ええ、そりゃまあ」

「なら俺が対応するのは難しいのもわかってくれるよな」

「そりゃそうですけど」

「あと一つ根本的に気になってたんだが」

「はい」

「まともにしゃべったこともない男が交際相手としてダメなら俺も全然ダメじゃねーか」

 さっき奄美妹自身が言ってたことだ。

「え? でも今まともにしゃべってますよね」

「ほんの数分前からな」

「いや、今朝の時点でも」

「……そのレベルの会話ならお前に告白した奴の中にもいると思うんだが。それとも告白した奴らって同じ学年どころか同じクラスでもなく、正真正銘一言も言葉を交わさなかった奴らしかいなかったのか?」

 相手の言葉尻を捕らえるつもりでいてみたのだが、

「たまにそういう人もいましたね。こっちは全く見覚えなかったんですけど」

「……そうか」

 実在したのかよ。見た目だけでここまで異性をきつけられるとかもはや魔法だな。ファンタジーな存在とか面倒なのでこっち見ないでください。こっち来ないでください。


「改めて訊くが、何で相手に俺を選ぶんだ」

 相手の答えを逆手に取る、もしくはそれをもとに代案を出す形で何とかしのぐとしよう。

「私にとって黒山先輩は知らない人でもないからです」

「おい、今度は俺が怖くなってきたぞ」

「ああすみません、ストーカーしてるとかそんな意味じゃなくって」

 面倒そうな表情になって額に人差し指を当てる奄美妹。どう説明すりゃいいんだみたいな動作をするんじゃない。そうしたいのは俺の方なんだよ。

 やがて言葉がまとまったのか奄美妹が口を開いた。

「さっきも言いましたけど、姉が貴方の話をしてくれるんですよ」

「ああ、チラッと聞いた記憶あるな」

「それもほぼ毎日のように。高校受験の合間に姉とおしゃべりしてたんですが、去年の秋頃から姉は徐々に黒山先輩のことを話すようになりました。黒山先輩がこんなことを言ってきた、こんなことをやったとかその日の黒山先輩が取ってきた言動についてですね。当初はそんなに詳しくも話さなかったんですが日が経つにつれて黒山先輩に関する話が事細かになっていきました。そういう話を聞いていくうちに、私も黒山先輩について恐縮ながらどういう性格の人なのかおおよそ理解したつもりです」


 事もなげに話す奄美妹を見て一言。

「俺のプライバシーが筒抜けどころの話じゃねーな」

 抜けた筒の中にしれっと搭載されてたマイクとカメラで拾われた音声や映像がネットで生配信されてるぐらいの衝撃を受けたよ、今。奄美先輩と会ったとき限定ではあるけどさ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る