凪の気分を ~屈指の美少女こと先輩の妹が彼氏役を断った後も妙にしつこい上に周りの女子達の様子も段々おかしくなってきたような~
冴木甲士
第001話 先輩の妹
一人きりの時間は貴重であるとつくづく思う。
高校生活が二年目を迎え、春休みも明けてまだ日の浅い頃のことだ。
始業式も入学式も済んで在校生は通常の授業を受けるようになり、教科書やノートなどを詰めた
校舎の昇降口をくぐり、二年二組の生徒の内履きが並ぶ下駄箱の方へ歩く。一年のときの下駄箱にうっかり行きそうになったのはナイショだ。
下駄箱にある自分の内履きへと履き替えてると突然横から声が聞こえた。
「すみません、
声の中に俺の名前が含まれていた。
「あー、すみませんがウチ新聞取る予定ないんで」
「新聞の営業じゃないです」
「生命保険は間に合ってるんで」
「保険の営業でもないです」
「ひょっとして牛乳屋さん? あいにく牛乳嫌いですからお引き取りを」
「何の営業もしてないです! ……もう、何なのこの人……」
何なのこの人って言われても関わってきたのはアンタの方でしょうに。
会話もそこそこに一体誰なのかと振り返ると、一人の女子が立っていた。
……うん、どこのどなたかさっぱりわからん。
見た目からわかるのはウチの、
内履きの装飾の色は赤であることから、学年は三年生?
いやいや、つい俺が一年生のときの調子で考えてしまった。さっさと慣れろよ俺。えーと、彼女は一年生か。
あと特徴らしい特徴といったら緩いウェーブが掛かり少し青紫っぽい黒色の髪を首の辺りまで伸ばし、一部を銀に光るヘアピンで留めたヘアスタイル。
高校一年生の中では低めの身長(俺の主観です。本当に低めかは知りません)。
脚も腕も胴体もやけに細い痩せ型ながらも、女性的な特徴をしっかりと描いた曲線美の持つスタイル。
そして極め付けは端正な顔つき。
目・鼻・耳・口・
一年の後輩共をまだ全員見たわけではないから比較はもちろんできない。
しかしそこらの街中でもなかなかお目に掛かれないレベルの美少女であることは疑いの余地がなかった。
もっとも、この学校にて俺の同学年に二人ほど目の前のコイツと比肩できそうな美形はいるのだが。アイツら今元気でやってるかな。
繰り返すが俺の今までの生涯にこんな知り合いはいない。
人違いか? いや俺の名前を間違えずに呼んでいたじゃないか。
そもそも先程の黒山かどうかを確かめる言葉を発してるってことは、俺の名前を知っていても俺の容姿をはっきりと認識してないという線が濃厚だよな。
「さっきの質問だが、いかにも黒山ってモンだ」
「はあ、そうですか……」
「アンタは誰だ?」
疲れたときに出るような声音と表情で反応する少女に対し、今度はこちらが
「私は
軽く頭を下げてから言ってきた彼女の名前に、すぐ思い当たった。
「もしかしてこの学校にお姉さんがいるか?」
「はい、そうです!
なるほどなー。あの先輩の妹かー……。
「姉から
そうなんだ。俺はあの人に妹がいるなんて聞いたことなかったよ。
あの先輩とは
さて、目の前の彼女……ややこしいからもう奄美妹と呼ぶか。
とにかく奄美妹が俺に話し掛けたのが厄介事を抱えてきたのかと思えてならなくなった。
何せあの先輩と初めて会ったときもそうだったから。
まあこんなハッとする美少女が俺にいきなり話し掛けてきた時点で厄介な事態になりそうなのはプンプン臭ってたが。幸いなのはやけに早く登校してきたために目撃者が周りに特に見当たらないことか。あれ、そうなると奄美妹は一体いつからここに待機してたんだ?
ちょっと思考がホラー方面に行きそうだったのでやや軌道修正し、奄美妹との会話を再開する。
「で、俺に一体何の用だ?」
「そうですね……ここではちょっと話しづらいので、お手数ですがお昼にまた打合せできればと」
「昼休みにか?」
「あ、はい。場所なんですけど人目に付かないような所って校内にないでしょうか?」
「ならこの校舎の裏だな」
「なるほど。お時間取らせてすみませんけど付き合ってもらえますか?」
奄美妹が表情を変えて笑顔を見せてくる。うわーあざといお顔。でもそこらの男ならコロッといきそう。
「あーハイハイ。行けばいいんだな」
「ありがとうございます♪」
笑顔に引き続きあざといお声。でもそこらの男なら(略)。
「ちなみにそれって君のお姉さん関係か?」
「え? いや姉は特に関係ないですよ」
マジかー……。下手したらあの先輩とはまた別に面倒なことに巻き込まれるかもしれないのかー……。やっぱ今からでも断ろうかな。
でも「やっぱムリ」って言うのも嫌な予感がするので控えておいた。話を昼休みに改めて聞いて、面倒ならそこできっぱり断ろうっと。
「じゃーまた後でー」
校内にやや響く挨拶をこなして廊下へと去っていく奄美妹の姿からは堂々とした雰囲気を覚えた。何だかアクの強い後輩が入ってきたもんだな。
直接関わらずに活躍を傍観できる立場だったら大いに楽しんでいたのだが……いや、余計なことは考えるまい。
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