第27話 腕が4本
「どうして赤ちゃんを抱っこして泣いていたの?」とニケが尋ねた。
俺達は地下通路を歩いていた。
チェルシーが目玉ライトで進行方向を照らしている。
地下通路は湿気が多く、土の匂いがする。たまに歩いているとムニっとした柔らかいナニカを踏みつける感触がした。それに固い皮膚に覆われたモノを潰したような感触もした。
「勇者様は赤ちゃんが好きなんです」
とミロが言った。
「それじゃあ、私が男性の赤ちゃんを産んであげようか?」とニケが言う。
「勇者様の赤ちゃんは、私が産みます」
「ミロは、男性とヤッてるんでしょ。私もしたい」
「まだしてません」
「それじゃあ私が先にいただく」
とニケが言う。
「ダメです。私がいただきます」とミロが言う。
「モテる男は辛いな」
とチェルシーが言った。
俺は2人の会話を上の空で聞いていた。
赤ちゃんを抱っこしたことで、ミナミと咲太郎の事を思い出していた。
パパ好き、とニコニコ笑いながら言ってくれる事を思い出していた。
お家に帰りたい。
あの子はミナミと名付けたけど、幸せになってくれるだろうか?
チェルシーがココに降りたのは必然だと言っていた。もしかしたら、本当にあの子はミナミという名前になることが必然だったのかもしれない。
まだ小さな命を抱っこした感触が腕に残っている。
どうか幸せになってくれ、と俺は願った。
それは我が子に対しての願いだった。
さっき抱いた小さな命に対しての願いだった。
パパやママよりも長生きしてほしい。勉強して好きな仕事についてほしい。たくさんの友達は必要ないから大切と思える友達を作ってほしい。誰かを愛おしいと思えるような恋愛をしてほしい。いい大人になってほしい。
「武蔵、聞いてるのか?」
とチェルシーが言った。
「あぁ」と俺は生返事をする。
「やりたい放題だな。よかったな」
「あぁ」と俺が言う。
「ジュル」とヨダレを啜る音がニケとミロから聞こえた。
地下通路を出ると森だった。
夜の森は闇が深い。
チェルシーが洞穴を見つけ、そこで休む事にした。
聖騎士団が俺達を探しているだろう。
ミロとニケは呪われている。
魔王を倒すほど俺は強くない。……全然、強くない。
帰りたいのに帰れない。
1人じゃないのに、ひどく孤独を感じた。
手を伸ばした先に家族はいない。
近くで虫が悲鳴をあげ、遠くの方で狼が吠えているのが聞こえた。
チェルシーにライトを消されると目をつぶっているのか、開けているのかもわからない。
涙のせいで瞼がくっつく。
寝たのか、起きてたのかはわからない。
誰かが俺の体に触れて、意識が覚醒する。
「ミロ?」
と俺は闇の中で尋ねた。
はぁはぁはぁ、と荒い呼吸だけ聞こえた。
俺に触れている腕が4本だった。
「チェ」とチェルシーの舌打ちが聞こえた。
「うるせぇーな」
黒猫が洞穴から出て行く気配がわかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます