第26話 ミナミ

「これって圧倒的に、この男性が強いってノリ?」

 とニケが尋ねた。


 この男性とは、俺のことを指している。

 俺が圧倒的に強くて、この局地から簡単に乗り切れる、とニケは思ってるのかもしれない。


「っんな訳ねぇーよ」

 とチェルシーが言った。

「コイツはそこ等の幼児に負けるほど弱い」


「それじゃあミロが倒してくれるノリ?」

 と恐る恐るニケが尋ねた。


「残念ながら、聖騎士の強い奴には」

 とチェルシーは言って、新妻さんを肉球で指した。

「魔法が効かない」


「それじゃあ、どうするの?」

 とニケが尋ねる。


「どうしていいかわからないから、小便チビりそうになっている」

 とチェルシーが言った。


 ミロは聖騎士団に杖で威嚇していた。

 そのおかげで、聖騎士は警戒しながら少しずつしか近づいて来ない。


「もう」

 とニケが言った。

「しがみついてよ。大人2人も抱っこできないんだからね」


 ニケが言って、俺の腰に腕を回した。


「俺も俺も」とチェルシーが言って、ニケの胸に飛びつく。


 大きな羽が広がった。

 白くて大きな羽がはばたくと強風が発生する。

 俺はニケにしがみついた。

 ミロも彼女にしがみついる。


 顔を真っ赤にして、ニケが羽ばたいた。

 大きな羽が風を作り、星空に向かって飛んで行く。



「うぅ〜」とニケが必死に羽ばたいていた。


「逃げるのか?」

 と新妻さんが、俺の目を見て言った。

「どこまで行ってもお前は逃げれない。この世界で死んで家族の元へは帰れないんだ。家に帰るのは俺だ」


 聖騎士が小さくなっていく。

 屋敷の全貌を見渡せるようになる。


 星空は恐怖を和らげる。

 どこまで浮上したのかはわからない。


「無理かも」とニケが言う。

 降下していく。


「もっと、もっと遠くに行けよ」

 とチェルシーが叫んでる。


「無理だよ」

 とニケが言う。


 屋敷から離れたかはわからないけど、俺達は降下していく。

 足元を見ると井戸の底のように暗く、どこまでも降下していくような気がした。



 どこまで行ってもお前は逃げれない。この世界で死んで家族の元へは帰れないんだ。家に帰るのは俺だ、と新妻さんは言った。


 まるで1人しか帰れないみたいな言い方だった。俺達がやっている帰宅するというゲームはゼロサムゲームなのだろうか?

 俺が帰ってしまったら新妻さんは帰れない。


 魔王が持つと言われている賢者の石は、1人の願いを1つしか叶えることはできないのだろう。

 日本人達を元の世界に返してくれ、という願いは叶えてくれないんだろうか? シェ◯ロンだって願いに制限があるのだ。

 何かしら制限があるのかもしれない。


 ゆっくりと地上に降りて行く。


 俺達は、上流階級層の家の敷地に降りてしまった。

「誰かに見つかる前に、ココから離れよう」

 と俺は言った。



 不法侵入してしまった屋敷の窓が開いた。

 見た事があるような顔が、コチラを見ている。

「勇者様」と声。


 その声はヨルムンガンドから助けた旦那さんだった。


 たまたま助けた夫婦の家に降りてしまったようだ。


「そこで、ちょっと待ってください」

 と旦那さんが叫ぶ。


「お前はたまたま、ココに降りたと思ってるかもしれないけど、全ては必然かも知れねぇーぞ」とチェルシーが言う。


 なに言ってんだよ、コイツは。


「すでに物語は決まっていて、俺達はココに降りて、夫婦に少しだけ匿ってもらって、ご飯を食べる運命だったのかもしれない」

 とチェルシーが言う。


「迷惑はかけれない」

 と俺は言う。


 そして歩き出そうとしたところで、屋敷の扉が開いた。


「勇者様」と旦那さん。

 彼は裸足でコチラに走って来た。

 30代ぐらいの男性である。


「家に入ってください。ご馳走様を用意しますんで」


「俺達は追われている身なんだ。それに妊婦さんがいるのに迷惑になる」

 と俺は言う。


 ミャーミャー、と屋敷から声が聞こえた。

 懐かしい赤ちゃんの泣き声。


「産まれたのか?」

 と俺は尋ねた。


「はい」と旦那さんが言う。


「よかった」と俺が言う。


「私の家には地下通路があります。そこを通ってください」

 と旦那さんが言う。


「ついでにご飯も食わしてくれ」とチェルシーが言う。

 俺は軽く黒猫を蹴った。


「ありがとうございます。それじゃあ、その通路だけ通らされてもらう」

 と俺が言う。


「バカなのか? ご飯食べさせてくれるって言ってるのに」とチェルシー。


「どうして地下通路が?」

 と俺は、歩きながら旦那さんに尋ねた。


「私の髪も黒いでしょ?」と旦那さんが言う。「私の祖父にあたる人物も召喚者だったらしいんです。それで祖父を逃すために作られたらしいんです」


 そうか、と俺は思う。日本人を使い捨てに召喚しているのなら、子孫を残してる奴もいるだろう。


 ココに降りて来たのは、必然のように思えた。


 屋敷の中に入る。

 赤ちゃんの泣き声が聞こえた。


「赤ちゃんに会って行ってください」

 と旦那さんが言った。

「実は勇者様に名前を付けてもらおうと思って、まだ赤ちゃんの名前を付けてないんです」


 赤ちゃんのミャー、ミャー、と泣き声が大きくなる。

 旦那さんが部屋の扉を開けた。

 

 ベッドで奥さんが赤ちゃんを抱いている。


「勇者様、来てくれたんですね」と奥さんが言う。


「おい」とチェルシーが近くにいたメイドさんに声をかけた。「俺達、すぐに行くから、持ち運びできる食べ物を用意してくれ」


 困った顔でメイドさんが旦那さんを見て、「用意してあげて」と旦那さんが言う。


 俺はゆっくりと赤ちゃんに近づいて行く。


「抱っこしてください」

 と奥さんが言った。


 まだ産まれたばかりの赤ちゃんは、本当に赤くて、虫みたいに手足を動かしてミャー、ミャーと泣いている。


 俺は手を差し伸べた。


 俺の手に、奥さんが赤ちゃんを手渡した。

 

 俺は割れ物のように、大切に赤ちゃんを抱っこする。

 首がすわってなくて、腕で首を固定して抱っこした。



「産まれたばかりって、まだ産まれた事に気づいていないみたいよ」

 と妻の声が頭の中に響いた。

 初めて自分の我が子を抱いた事を思い出す。


「ミナミ」と俺はボロボロも涙を流しながら、呟いた。


「ミナミ、咲太郎」

 と我が子の名前を呼んで泣いていた。

 君達の元へ帰りたい。


「この子は女の子です。ミナミちゃんにします」

 と奥さんが言った。


 あぁ、と俺は頷く。

 この子が苦しい時は誰かが守ってくれる事を願った。強い子になる事を願った。幸せになる事を願った。

 ただ産まれたばかりの赤ちゃんのために、願った。

 父性本能が爆発してしまったらしく、癒しのスキルが発動して赤ちゃんが緑色に輝いてしまった。

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