第24話 鳥人

「天使」と俺は呟いた。

 牢屋の中にいる彼女は、白い羽の地上に堕ちた天使のように見えた。


「鳥人です」とミロが言う。


 鳥人といえば、笑い飯の漫才でしか知らない。下半身が鳥で翼が生えているんだっけ? それとも上半身が鳥だっけ?


 牢屋の中にいる彼女は翼が生えている。それ以外は人間に見えた。

 うつ伏せになっているから、顔はわからない。もしかしたら顔は鳥なのか?



「ファイア」

 とミロは呟き、杖から小さな炎を出して牢屋の施錠を破壊した。


 ミロが鉄格子の扉を開けた。


「この子は、ココで手足を切り落とされたんです」とミロが震えた声で言った。


「人間のやる事ってエグいよな」

 とチェルシーが言う。


 手足を切り落とされて泣き叫んでる天使を想像した。

 その部分の映像を見てないはずなのに、吐きそうになる。

 どうして、こんな事ができるんだろうか?


 ミロが牢屋の中に入り、続いて俺が牢屋の中に入った。


 物音に気づいたのか、眠たそうな顔の天使が顔を上げた。いや、天使じゃなくて、鳥人。


 顔は鳥ではなく、西洋の美しい顔だった。童顔で緑の目が大きい。


「……男?」

 と彼女が呟いた。


 そして芋虫のように、俺に這って来た。


 男、男、男、と彼女はヨダレを垂らしている。

 この子もミロと同じように呪われているのか。

 人の命をオモチャにするなんて、と俺は思った。

 ミロは泣き出しそうな顔で俺を見つめてくる。彼女は目の前の鳥人に、過去の自分を見ているのかもしれない。


 俺は鳥人の頭を撫でるように触れた。

「もう大丈夫だよ」と俺は言って、彼女の傷を治し、欠損を回復させた。

 俺の力は時間を元に戻すこと。

 鳥人の元あった場所に、手足が復元されていく。

 人と同じ手足だった。

 鳥の特徴は、翼だけである。


「男、男、男」

 手足が復元された裸体の鳥人が、俺を襲う。興奮しすぎて手足が元に戻ったことにも気づいていないらしい。


 俺は倒されて馬乗りにされたところで、


「ニケ」とミロが言った。


 俺の上でニケと呼ばれた鳥人が、初めてミロを見た。


 囚われていた2人は、ココで交流があったんだろう。ミロは彼女の手足が切断された事を覚えている。間近で切断されるところを見ていたのかもしれない。


「……」

 羽の生えた天使に似た種族が、ミロの顔を見て固まった。


「ニケ」とミロが言う。


「……助けに来てくれたの?」

 と鳥人が、震えながら呟いた。


「助けに来たよ」

 とミロが言う。


「なんで?」

 とニケ。


「たまたま」とミロ。


「たまたま?」


「そう、たまたま」


「そうか」

 とニケは呟き、今気づいたように両手を見つめた。


「なんで?」

 ニケが両手で顔を覆った。


 なんで私の手が?

 なんで私の足が?


「たまたま」とミロが言った。


「……助けに来てくれて、……ありがとう」

 と天使に似た美女が、乳房も金色の陰毛も隠さずに俺の上で涙を流していた。


 今まで辛かった出来事を洗い流すように、泣いていた。


「あの」

 と俺は言った。

「退いてくれませんか?」


 ニケが俺を見る。

 潤んだ瞳は、ダイヤモンドよりも綺麗で吸い込まれそうだった。


「この男の人も、私にくれるの?」

 とニケが言う。


「それは違う」

 とミロが言う。




「チェ」

 と舌打ちが聞こえた。

「奥に隠しているのはコレだったよ」

 とチェルシーが言った。


 黒猫が持って来たのは、ティンポコの形の棒だった。


「それが、呪いを解く鍵か?」

 と俺は尋ねた。

 呪いを解く鍵が、鍵の形をしているとは限らない。


「ちげぇーよ。コレは入れたり出したりする道具だよ」とチェルシーが言う。


「わかった」と俺は言う。

「ココから出よう」


 ずっと嫌な予感がしているのだ。

 こんな豪邸なのに、警備兵がいない。

 俺達をココに、わざと招いているような、そんな感じがするのだ。



 ミロが着ていたローブの背中をファイアで焼き、翼が出せるようにして彼女が鳥人に着せていた。


「勇者様から退いて」

 とミロが言う。


「でも、まだいただいてないよ?」


「勇者様はいただけません」

 とミロが声を上げた。


「とりあえず、ココから出よう」

 と下敷になっている俺が言う。


「それじゃあココから出たら、いただいていい?」


「いただけません」とミロが言う。


 そんなやり取りをして、どうにかニケには俺の上から退いてもらって地上に上がる。

 

 地上には、騎士団達が大勢いた。


 新妻さんと目が合った。

 彼は剣を持っている。

 それは、聖なる剣である。


 どうして? と言いそうになったけど、口に出さなかった。もしかしてミロを見た時から呪いを解くためにココに来る事を予想していたのか? つーか、その予想ができるって事は、手足を切り落としたミロを杖ジジィに売ったのは新妻さんか?


「エスパーかよ?」とチェルシーは驚いている。


「騎士団長の言う通り、ワシのオモチャを奪いに来たのか」と杖を持ったジジィが言った。


 ソイツは身長が低く皺くちゃで、ハゲていて申し訳程度に残った髪は白髪で、吐きそうなほど歪んだ笑い方をしていた。


「ワシは手足を切り落とす、歪んだ顔も好きでな。また手足が切断できると思うとゾクゾクする。しかも捨てたオモチャまで直して持って来てくれるなんて」

 と杖ジジィが言う。


 隣のミロがブルブルと震えていた。

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