第23話 傷だらけの天使

 太陽は眠り、双子の月が顔を出していた。

 俺達はミロの事を飼っていた杖ジジィのところに来ていた。


 国家予算で作られたような大きな建物。映画か、映像でしか見たことがない中世ヨーロッパ風の大きな豪邸である。中庭には噴水がある。


 木に登り塀に飛び移り、俺達は塀の上に登って家を見つめていた。


 涼しい風が髪を揺らす。

「騎士団がこの近くにいるってよ」

 とチェルシーが言った。

 

 結局、彼は宿で眠らず、野良猫を探しに行ったのだ。その時に噂話を聞いたのだろう。


「そうか」

 と俺は言った。


 寒くもないのにミロがブルブルと震えていた。


「宿に戻るか?」

 と俺は尋ねた。


 ミロが首を左右に振った。


「行きます」と彼女が言う。

 そしてミロは握っていた極太の杖を握った。


「呪いを解く鍵はあると思うか?」

 と俺は尋ねた。


「たぶんな。杖ジジィは牢屋の奥に何かを隠していた」

 とチェルシーが言う。


 そこにもし無かったら?

 と俺は考える。

 杖ジジィを脅して聞くのか?

 それでも無かったら?

 呪いを解く鍵を探し続けなくてはいけない。


 ミロのエチエチは呪いだった。

 呪いとは神秘的な力を借りて、災いを起こすというモノである。彼女のエチエチは災いであり、いつか彼女を滅ぼすモノだった。

 

 俺は呪いすらも利用して、彼女を調教していた。エチエチを餌にしていた。ミロに対しての罪悪感。家族に対しての罪悪感。

 だから呪いを解いてあげたい。呪いを解いてあげなくてはいけない。


「それじゃあ、行こう」

 と俺は言って、塀から飛んで敷地に降りた。

 足に電気が走ったように痛む。

 だけど痛みはオールヒールで、すぐに消えた。


 ドサ、とミロが落ちて来る。

「いたた」と彼女が言うより先に、俺は彼女に触れて回復させた。



 闇の中、月に照らされてギョロリと光るチェルシーと目があった。


「異常だな」

 と俺は言った。


「お前の頭がな」

 とチェルシーが言う。


「ちげぇーよ。こんな豪邸に住む貴族の敷地に入っても、何も起きねぇーって事が異常だな、って言ってるんだよ」


「すっかり自分の頭の事を言ってるんだと思った」と闇の中で、どこにいるかわからないチェルシーが言う。


「もしかしたら、何かの罠かもしれない」

 と俺が言う。


「気にしすぎだろう」

 とチェルシー。


「アイツはねっちっこく、陰湿なジジィです。気を付けた方がいいかもしれません」

 とミロが言う。


「ココまで来て、どう気をつけろって言うんだよ? 帰れっていうのかよ?」とチェルシー。


「とりあえず物音たてずに、地下室に行きましょう」とミロ。


「さんざん喋った後に言う言葉じゃねぇーな」とチェルシー。


「黙ろう」と俺が言う。


「わかったわかった。それじゃあ優雅にティータイムでもしようか?」とチェルシー。


「黙れ」

 と俺が言う。


「わかったって言ってるじゃねぇーか」

 とチェルシー。


「何が気に食わないことでもあるのか?」

 と俺。


「お前達が包茎のムキムキ大会をするたびに、俺は気を使って野良猫を探しに行ってるのに、お前達は礼の1つも言わないな」


「それ、今言うことか?」


「お前が気に食わないことでもあるのか? って聞いたから言っただけじゃねぇーか」


「2人とも静かに歩きましょう」

 とミロ。


「言っとくけど、お前にも言ってるんだからな」

 とチェルシー。


 喋っているのに、誰にも見つからずに地下室の入り口まで来れた。

 何かの罠が待ち受けている予感だけはあった。


 豪邸の屋敷には不釣り合いの木で作られた古びた扉を開けて、中に入った


 闇の中、チェルシーが目玉ライトを照らす。

 湿気が多く、ジメジメしている。

 地下に続く階段を降りた先には、牢屋があった。


 その牢屋の中には、手足を切られた白い羽の生えた天使が、芋虫のように転がっていた。

 服は着ておらず、羽の生えた傷だらけの背中が見えている。


「イカ臭ぇ」

 とチェルシーが呟いた。

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