第22話 妊婦

 妻のお腹が大きい時の事を思い出す。

 ミナミがお腹の中に入っていたのだ。

 

 少し年上の妻の事を、カエデさんと俺は呼んでいた。彼女は子どもが出来て、長い髪をバッサリと切って、ボムヘアーにしていた。


 仕事から帰って来ると大きなお腹のカエデさんがキッチンに立っていた。

「ただいま」と俺は言う。

「おかえり」と妻は言った。


 キッチンに立つ彼女のお腹を撫でた。

「包丁使ってるから危ないよ?」

 とカエデさんが言った。


「今日も元気だった?」

 と俺は、彼女のお腹をさすりながら尋ねた。


「すこぶる」

 とカエデさんが言う。


 すでに女の子が生まれて来る事は検査でわかっていた。お腹の中にいる時からミナミという名前が付いていた。

 

 俺が付けた名前を、この子は一生使い続ける。そう考えたら変な感じだった。


 それ以上に彼女のお腹の中に、小さな人間がいて、その子を産んで育てるために妻の肉体改造が行われて、……不思議というか、女の人ってすげぇーな、と思う。


「もう少しで生まれてくるんだよ」

 とカエデさんが言った。


「どんな子だろうね」と俺は言う。


「産むの、ちょっと怖い」

 と彼女は言って、まな板の上のきゅうりを切った。


「代わってあげたい」

 と俺が言う。


「お尻で産むの?」


「たぶん」


「男の人が出産したら、あまりの痛みに死ぬんだって」とカエデさんが言った。


「代わるの、……なしで」と俺が言う。





 妊婦さんを助けたことで、出産間近の妻の事を思い出した。

 夫婦を街まで護衛する。


「家に招待させてください」

 と旦那さんが言ったけど、断った。



 そして俺達は夫婦と別れ、武器を買い取ってくれる武器屋に行き、ダンジョンで手に入れた武器を売った。


 そのお金でご飯を食べ、宿を取った。

 ベッドが2つの部屋。

 お風呂も無ければ、ソファーも置いてない。ただベッドが置いているだけの部屋。


「明日にはミロを飼っていた杖ジジィのところに行こう」と俺は言った。

「ミロの呪いを解こう」


「夫婦のところに行けば、美味しいモノを食わせてもらえてたのに」とチェルシーが文句を言っている。


「妊婦さんが気を使うだろう。チェルシーには後で焼いた俺の皮をやるから」


「皮なんていらねぇーよ」とチェルシーが言う。


「誰が包茎なんだよ」と俺が言う。


 包茎なんて誰も言ってないし、皮をやるって自分で言ったのに、俺は冗談が言いたくて、変な事を言ってしまう。

 

 あの夫婦に出会ったせいで、センチメンタルに拍車がかかっている。30代のセンチメンタルなんて誰も笑ってくれない。


「今日、人を助けたから、いっぱいご褒美くれますよね?」とミロが言う。


「久しぶりに宿に泊まったのに、また野良猫を探しに行かなくちゃいけねぇーじゃん」とチェルシーが言う。


「探しに行ってください」

 とミロが言う。


「武蔵の皮をやるから、今日は休ませてくれ。この前出会った白猫が、ずっと寝かしてくれなかったんだ」


「俺、ズル剥けだよ」


「なに、今更嘘付いてんだ」とチェルシー。


「明日、あの人のところに行くんですね?」とミロが下を向いて尋ねた。


「行きたくないか?」

 と俺は尋ねた。


「いえ……」とミロが言う。

「鳥人の女の子を助けてあげたいので、行きます。ただ……」


「鳥人?」

 と俺は首を傾げた。


「私と同じように、捕まってる子です」

 とミロが言う。


 そういえば新しい女の子が杖ジジィに囚われて、ミロは飽きられて捨てられたとチェルシーが言っていたような……。


「怖いのか?」

 と俺は尋ねた。


「当たり前だろう」

 とミロの代わりにチェルシーが答えた。

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