第20話 男は30歳を越したら泣いてはいけないらしい

 妻は許してくれるだろうか?

 日本に帰ったらエッチな事をした事がバレるような気がした。

 まだ子どもも生まれていなかった頃にエチエチなお店に行った事がある。

 なぜか、その日のうちにバレて怒られたのだ。

 許してください、と俺は土下座した。

 もう2度とエチエチな店には行きません。行ったらティンポコを切ります、って俺は言ったのだ。

 

 ミロとのエチエチを拒んでいるのは、妻への罪悪感もあるからだった。

 異世界に行ってなにしてんだよ、と俺は思う。


 目覚めた時には俺は息を止めていた。

 ミロと同じベッドでは眠らなかった。

 これ以上はミロに近づいてはいけない。ミロが嫌いなわけではないし、とても魅力的な女性だとは思う。猛獣を飼いならすために、少しだけエチエチな事をすることもあるかもしれない。だけど好きにならないようにしなければいけない。


 俺は地面で眠っていた。

 目覚めるとランプの光で天井が照らされていた。

 俺は息を止めながら日本にいた頃の事を思い出す。

 

 ダブルベッドが2つ。

 家族4人で眠っていた。

 次の日が休みだとプロジェクターで映画を見る。

 息子と娘が興奮して変な踊りを始める。

 まだ2歳になったばかりの息子は距離感がわからないのか、踊りながら踏んでくるのだ。俺が痛てぇー、と叫ぶとニコニコと笑う。そして映画を見始めると息子はママの腕の中で丸くなり、娘はパパの腕の中で丸くなって眠った。2人が最後まで映画を見終わる事はない。


 目覚めると、なんでこんなところに? みたいな場所まで子ども達は移動していた。

 あれが幸福だったんだ、と冷たい床で横になりながら俺は思った。

 咲太郎の可愛らしいホッペにチューしたい、と俺は思う。

 ミナミをギュッと抱きしめて眠りたい、と俺は思う。



 日本に帰るまでの道のりを考えた。

 魔王を倒す。

 まだ仲間はミロとチェルシーしかいない。

 俺達の強さは、全然、魔王に届かない。



 部屋から出た俺達はダンジョンの奥へ進んで行った。何匹もの魔物を倒して、ダンジョンの最奥に辿り着く。


 そこには何もなかった。

 土で作られた小山みたいな物があるだけで、何もなかったのだ。

 

 聖なる剣は無かった。

 お家が遠のいたような気がした。


「休憩しよう」

 と俺は言って、座った。


 剣は無いかもしれない、とわかっていたのに、ミロを調教出来ればいい、と思っていたのに、強くなれない自分が不甲斐なくて、家に帰れない自分が情けなくて、下唇を噛み締めた。


 男は30歳を越したら泣いてはいけないらしい。そんな事をチェルシーが言っていた。

 三角座りをして、壁にもたれた。

 ダンジョンにはミロを調教しに来たのだ、と自分に言い訳をする。

 ミロは魔法を使えるようになったじゃないか。


「勇者様」

 隣に座ったミロが呟いた。


「私、ココに来た事があるような気がします」

 とミロが言った。


 俺は顔を上げた。

 もしかしたら前回の勇者と一緒に来たのかもしれない。


「その時は剣があったのか?」


「わかりません」

 とミロが言う。


 そうか、と俺は呟いた。


 しばらく俺は、そこで座っていた。


 立ち上がって、また前に進まなくちゃいけない。

 重たい尻を上げて立ち上がった。


「戻ろう」と俺は言った。



 同じ時間かけてダンジョンから出た。

 ドロップしたアイテムは、できる限り持って帰る事にした。冒険にはお金が必要なのだ。



 ダンジョンを出ると痛いぐらい眩しい太陽が眼球をさした。

「よぉ」

 声が聞こえた。


 下を向くと黒い生き物が四つん這いで足元に絡んでいた。


「お前、聖なる剣がない事、知ってたのか?」

 と俺は猫に尋ねた。


「俺を誰だと思ってる。チェルシー様だぞ。知ってるに決まってるだろう。ミロと同行してた勇者が剣を引き抜いて、今はその剣は新妻の包茎が持ってる」

 とチェルシーが言う。


「なんで言わなかったんだよ?」


「俺がいたら、お前気を使って童貞捨てれねぇーと思って」


「童貞じゃねぇし」

 と俺が言う。

 子どももいるし。


「1年以上やってなかったら童貞に戻るんだよ。っで? コイツの皮ありティンポコはどうだった?」

 とチェルシーが、ミロに尋ねた。


「剥けてません」

 と彼女が言う。


「かぁーーー、そんなに皮が長かったのか?」


「違います。舐めさせても、もらってません」

 とミロが言う。


「どうなってんだよ。2人でムキムキ大会やってなかったのかよ? てっきり俺は入れたり、入れられたりの関係になってるって思ってたぜ」


「黙れ」

 と俺が言う。


 入れたり、入れられたりの関係だったら、どっちも入れられてるじゃねぇーか、と思ったけど、口に出して言わなかった。


「もしかして、お前契約書とか書かないとヤらないタイプか?」


 そんな先進的な事した事ねぇーよ、と思ったけど、口に出して言わなかった。


「気を使ってくれてありがとう」

 と俺は、チェルシーを睨んで言った。


 その時、少し離れたところから「きゃー、誰か助けて」と声が聞こえた。

 

 空には鳥が逃げるように羽ばたいていた。

 大きな物が動く振動が、地面から伝わって来る。


「逃げる、あるいは逃げる、どっちにする?」

 とチェルシーが尋ねた。


 逃げるの選択しかないじゃん、と思ったけど、口に出してツッコまなかった。


「助けよう」

 と俺が言って、ミロを見る。


「はい」とミロが言う


「わかってんのか? お前等の実力は魔王の屁で死ぬレベルなんだぞ?」とチェルシーが騒いでいる。


 俺達は助けを求める声の方に向かった。

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