第19話 キス

 ミノタウルスがドロップした大斧を持って行きたかったけど、俺の筋力では扱いきれない。

 だから置いて行く事にした。


 死んだ魔物の肉は別の魔物が食べるだろう。そういえば腐敗した肉を見た事がない。動物だろうが魔物だろうが死んだら餌になる。生き物が肉を食べ、残った骨は土になる。


 魔物が死ねば消えてなくなる、といったギミックはなかった。

 ただ普遍的な消滅の仕方をするだけだ。あるいは普遍的に世界の一部に戻っていくだけだった。


 剣が折れたので帰ることも考えた。だけど、もう少し彼女の訓練……調教がしたかった。魔法を意図的に使えるようになったのだ。体に馴染むまで何度も復習したい。


 彼女はファイアしか使えなかった。サンダーボルトも風魔法も出し方がわからないらしい。だけど彼女のファイアは驚異的な力だった。ミノタウルス以外の魔物も、簡単に炭にしてしまう。

 彼女のファイアは、素早いコウモリの魔物でも命中させるぐらいに的確で早かった。

 

 

 宝物に化けたミミックを倒した時に小刀がドロップした。

 ミミックというのはヤドカリみたいな魔物で、背中に背負っている宿が貝ではなく、宝物である。ミミックの宝物の中に小刀が入っていたので、俺はそれを装備した。


 ちょうどお腹が空いていたからミミックは焼いて食べた。カニに近い味がして美味しかった。

 

 トロッコの線路は、どこまでも続いていた。途中に分かれ道があったけど、とりあえず右を選択。


 そして扉を発見した。それは人口的に作られた木の扉だった。

 鍵は付いていない。


 天井に空気穴が空いていた。換気のために開けられた穴。

 

 そして壊れたベッドが置いてあった。

 木で作られたベッドは腐敗して足が折れている。掛け布団はない。壊れたベッドがあるだけだった。


「ココで休憩しよう」

 と俺は言って、扉を閉めた。


「はい」

 とミロが言う。


「疲れただろう?」

 と俺は尋ねた。


「いえ……」と彼女が言う。

「ココは何の部屋なんでしょうか?」


「たぶん魔法石を採取していた人達の休憩場所として使われていたんじゃないか」


 壁に沢山の石が埋め込まれている。


「壁に石が埋め込まれているのは、休憩している時に天井が崩れてくるのを警戒していたんだろう」


 今は冒険者が休憩場所として使っているらしく、地面に焦げた後があった。火で暖を取ったんだろう。


「ベッドがありますね」

 とミロが言った。


「そうだね」と俺は言った。

 部屋に罠や魔物が潜んでいないか見て周り、何もいない事を確認してから、壊れたベッドに近づいた。


 ベッドに触れる。

 俺の回復スキルは、物すらも元通りに戻してしまう。


 ベッドが本来の要素で使えるようになった。


 ミロがチョコンとベッドに座った。


 俺も隣に座る。


「ミロ」

 と俺は言った。

 彼女は鉄パイプのように太い杖を弄んでいる。


「魔法を使ってくれて、ありがとう」

 と俺が言う。

 


「……大丈夫ですよ」

 と彼女が笑った。

「私が頑張るのは下心です」


「君の呪いが解けて、君が俺に興味を失っても、……俺のために魔法を使ってくれるか?」


「……」

 彼女は答えなかった。


「前にした約束、覚えてますか?」

 とミロが尋ねた。


「前にした約束?」

 と俺は首を傾げた。


 本当はわかってる。

 キスのことである。


「キス」

 とミロが言った。


「あぁ」と俺は頷いた。


 彼女の頭を撫でた。

 

 俺のために魔法を使ってくれてありがとう。もしかしたら魔法を使うために、嫌な過去を思い出したかもしれない。


 ご褒美はあげるつもりだった。

 妻の事を思い出すと頬っぺたをつねられたような、罪悪感。

 だけど猛獣にご褒美をあげないと手なづける事はできない。この猛獣を手なづけないと君達の元へ帰る事はできない。


 ランプを消そうとして、やめた。闇の中で魔物が部屋に入って来るかもしれないのだ。


 はぁ、はぁ、と隣から猛獣の息づかいが聞こえた。


「キスしても、いいですか?」とミロの声。

 ジュルジュル、と唾液を啜る音がした。


「いいよ」

 と俺は言った。


 彼女の顔が近づいてくる。


 そして唇と唇が重なった。


 彼女の口の中にある、ナメクジのように柔らかい舌が、俺の口の中に入って来た。


 長い舌が、遠慮なしに俺の口に入って来て、喉の奥に触れた。


 逃げようとすると後頭部を押さえ付けられ、逃げる事もできない。


 彼女の舌が、俺の喉を刺激して、大量の唾液が溢れ出す。

 溢れた唾液が舌を伝って、彼女の口の中へ。


 ミロが口を離してくれた。


 唾液の糸が、俺と彼女の間に垂れている。


「いっぱいキスしましょ」

 とミロが言った。


 そして彼女が持っていた杖が、ウィーーーーとバイブを始めた。

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