第18話 その代わりエッチなことしますからね

 漆黒の闇の中からソイツは現れた。

 俺が手に持つランプの光に吸い寄せられるように。

 あるいは獲物を狩るために。


 ソイツの鼻からは壊れた機関車のような音がした。

 野生の独特な匂い。

 ソイツが歩くたびに、小さく地面が揺れる。

 

 俺の体に鳥肌が覆う。

 ココで鳥になれても空に逃げる事もできない。

 ランプを地面に置いた。

 そして鞘から剣を取り出して、両手で柄を握りしめた。


 ミノタウルス。


 有名な魔物である。

 顔面は牛。

 頭部にはツノが生えている。

 人間と融合したような体。

 だけど足は蹄である。

 ミノタウルスは両手で大斧を握っていた。


 逃げれるか?

 と一瞬だけ考えた。

 その一瞬で、ミノタウルスは蹄を使って、俺達を殺せる距離まで近づいて来た。


 大斧が振り下ろされる。


 ミノタウルスの斧が剣と重なった時に、俺は負けることを確信した。

 

 俺は勇者である。

 この世界に来た時から、ずっと勇者である。

 でも自分が勇者だと信じられなかった。

 強さで言えば、新妻さんの方が全然強い。


 たかがダンジョンに出て来る魔物に白旗を掲げているのだ。

 負けを認めた瞬間から、俺は次の思考に移っていた。


 どうやったら勝てるのか? ではなく、ミノタウルスを足止めして彼女を逃がそう。

 ミロは魔法が使えない。何もできない。俺がココで足止めしなくては、彼女も死んでしまう。


 剣で斧を受け止めたせいで、吹き飛ばされて壁にぶつかった。

 そのせいで息が出来ない。

 でも無理矢理、喉を震わせた。


「逃げろ」

 と俺は言う。

 

 オールヒールのおかげで、傷は癒える。

 

 ブルブルと足が震えた。


 剣を握りしめて、大きな敵と立ち向かう。



 かめ◯め波。

 ザケ◯ガ。

 滅びのバース◯ストリーム。

 壱ノ型 水◯斬り。

 ラッキー パ◯チ。

 ゴムゴムのピス◯ル。


 日本人だな、と俺は思って笑った。

 今まで見てきた漫画を思い出す。

 少年漫画の主人公達は、強い敵と戦って来たのだ。

 強い敵が現れた時が、自分が強くなるためのチャンスだったのだ。



 ミノタウルスが斧を振り上げた。

 次、魔物の攻撃を剣で受けてしまったら……剣が壊れそうだな、と俺は思った。

 そして思った通り、剣は斧で壊され、俺は腕を盾にした。


 ぼとり、と左腕が落ちた。

 痛ぇーよ。 

 血が滴り落ちる。

 俺は左腕を拾い上げた。

 そしてプラモデルをくっつけるように、腕に付け直した。

 まるでオモチャのように、左腕が接着された。


 斧が、また振り上げられる。

 もう剣は無い。

 避けようとしたけど、ミノタウルスのリーチが長くて、俺の肩に斧が振り落とされた。

 スボボボボ、と斧が体の中に入って行く。


 ダメだ、と俺は思った。

 俺のオールヒールでも心臓を潰されたら死んでしまうだろう。

 もうミロは逃げたかな?


 こんなところで死ぬのか。

 俺、日本に帰れなかった。

 ミナミ。咲太郎。


 なぜか走馬灯のように娘が道路で転んだ時を思い出す。

 彼女は下唇を噛み締めて、立ち上がった。

「後でバンソウコウはって」とミナミが言う。


 咲太郎が転んだ時の事を思い出す。

 彼が転ぶと「え〜ん」と泣きながら、パパに飛びついて来るのだ。


 パパは君達を心から愛してる。

 君達が転んだ時には隣にいたかった。

 君達が冒険に出るまで、一緒にいたかった。

 死にたくねぇーな。

 なんで俺、こんなに弱いんだろう?

 死にたくねぇ。


 ミロタウルスが斧を、俺の体から抜いた。

 血が滝のように溢れる。

 傷が癒えていく。

 

 ミノタウルスが斧を振り上げた。

 しかも狙いは、さっきと同じ場所だった。

 次の攻撃を受けたら、確実に死んでしまう。

 ダメージが、俺の体が癒えるスピードを越してしまう。心臓を貫いてしまう。


 ミロは逃げたか?

 死ぬ前に、それを確認するために後ろを振り返った。

 彼女は、まだ逃げていなかった。

 なんで逃げてねぇーんだよバカ。

 俺、死に損じゃん。


 ミロはあまりにも太すぎる杖をミノタウルスに向けていた。


「ファイア!」


 と彼女が叫んだ。


 杖の先端から、赤くて大きな炎の玉が放出された。


 炎の玉は、ミノタウルスに当たった。


「うぎゃーーー」

 という断末魔。


 燃え上がるミノタウルス。


 ファイア、ファイア、ファイア、ファイア。

 オーバーキルだろう、というぐらいにミロから魔法攻撃が発射される。

 焼肉屋の匂い。そして炭の匂いに変化する。

 地面には、ただの黒いナニカが横たわっていた。


「魔法、使えるじゃねぇーか」

 と俺は地面に座って呟いた。


「使えました」

 とミロが泣きそうな顔をして、笑った。


 なんでミロは泣きそうな顔をしてんだよ。


「勇者様が死んじゃうと思ったら、使えました」

 と彼女が言って、顔をクシャっとする。


「私……覚えていないけど」

 そう言って、首を横に振った。

 そして無理に笑った。

「大切な人を守れなかったんです」


「……そうか」

 と俺が呟く。


「……苦しいです。とても苦しいです」

 と彼女は胸を押さえて、言った。


 うん、と俺は頷く。

 大切な人に2度と会えないのは、……とても苦しい。


「さっき……」と俺は言った。「ミロが強くなりたくないのなら、そのままでいいんだって言ったけど、……俺と一緒に強くなってほしい。一緒に強くなってください」


 俺は胸を押さえて苦しんでいる彼女に、頭を下げた。

 大切な人に会えないというのは、息が出来ないぐらい苦しい。

 今のままでは俺は大切な人に一生かけても会えない。

 誰かに手伝って貰わないと大切な人に一生かけても会えない。


「……いいですよ」

 と彼女が言って笑った。

「その代わりエッチなことしますからね」












(作者からのお願い)

 面白かったら作品フォロー、作者フォロー、☆☆☆での評価よろしくお願いします。


関連作品は『性奴隷を飼ったのに』です。もしよかったら読んでください。

https://kakuyomu.jp/works/16817139558183718127




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