第8話 落ちていく
「元仲間なのに俺達を殺しに来たのか?」
とチェルシーが鼻をペロペロと舐めながら、新妻さんに尋ねた。
「この国では勇者は1人しか召喚できないからな」と新妻さんが言う。
「お前もわかってんだろう。勇者の称号がついた人間は魔王を倒せる力を持っていること」
とチェルシーが言う。
「でもコイツは魔王を倒せなかった」
と新妻さんが言った。
「違う。まだ成長不足だったんだ。どれだけ勇者を召喚しても、一度の失敗で勇者を殺していたら、いつまで経っても魔王は倒せねぇ」
とチェルシーが言う。
「それに魔王に負けたのはオッサンが弱かったからじゃねぇーか。武蔵がいなかったら、お前は死んでただろう」
「うるせぇ猫だな。博士がお前の事を刻みたいって言ってたぞ」
と新妻さんが言う。
「俺の事、刻みたいんだって。ネギと間違えてるのかな?」とチェルシーが不安そうな声を出して俺を見た。
「新妻さん」
と俺は彼を呼んだ。
「俺も子どものところに帰りたいだけなんです。もう一度だけチャンスをくれませんか?」
「王様の命令なんだよ」
と新妻さんが淡々と言った。
この世界で彼が生きていくには、王様の命令に従わないといけないんだろう。
「……にいずま、にいずま」
呪い殺すように、ミロが呟いていた。
彼女を見ると、鋭い目で新妻さんを睨んでいる。
「ミロは俺の事を恨んでいるのか? でも弱い勇者が悪いんだ」と新妻さんが言う。
勇者、と彼は言った。
だけど彼の言う勇者とは俺ではない。
チェルシー曰く、ミロは俺達と同じ存在らしい。
ミロと前の勇者の間に、ナニカがあったんだろう。
「勇者は殺す。猫は生きたまま博士のところへ。ミロは捕まえろ」
新妻さんが剣を抜き、聖騎士団に命令した。
俺達を囲んでいた聖騎士が、近づいて来た。
逃げきれない。
それに俺達には戦力がない。
ココで終わりか?
娘の笑顔が脳裏に過ぎった。
息子の笑顔が脳裏に過ぎった。
2人ともパパの帰りを待っているだろう。
帰りたい。帰らなきゃ。……帰れない。
聖騎士が近づいて来る。
「サンダーボルト」
とミロの叫び声と共に、ゴゴゴという雷音が聞こえた。
レンジにアルミを入れたみたいに、辺りに電磁波の光が走った。
俺達を囲んでいた聖騎士団が倒れた。
「魔法の使い方を覚え出したのか?」
と俺は尋ねた。
「わかりません」
とミロは、新妻さんを睨みながら言った。
彼はサンダーボルトを受けたのに、ノーダメージで立っている。
「どうして?」
とミロは呟く。
「あのオッサンは、魔法無力化を持ってるんだ。オッサンの唯一のチート能力は、攻撃魔法が効かないって事なんだ」とチェルシーが答える。
「逃げるぞ」
と俺はミロの手を引っ張って、走った。
「逃げれると思うな。雑魚が」
と新妻さんが言って、周り込まれる。
鎧を着ているのに、俺達より早い。
「お前は死ぬんだよ」
と新妻さんが言う。
新妻さんが、ゆっくりと俺達に近づいて来る。
「私の手を強く握っていてください」
とミロが言った。
「チェルシーさんも、私の手を強く握ってください」
急に地面から風が吹き、俺達の体が宙に浮く。
「わぁ、わぁ、わぁ」
と俺が叫ぶ。
「キャーーーー」とチェルシーが女子のように叫んでいる。
そして俺達の体は、木よりも高く浮上して、空を飛んだ。
地上に立っている新妻さんが、小さくなっていく。
「ごめん」とチェルシーが謝った。
「オシッコちびった」
「大丈夫です」とミロが言う。
「手だけじゃ不安だから抱きしめていい?」
とチェルシー。
「はい」とミロ。
「新妻さんの事を知ってたの?」
と俺は尋ねた。
喋ると口に風が入って来て、口の中がカラカラになった。
「わかりません。でも……アイツを見た瞬間から許せない人間だと思いました」
とミロが言う。
「ミロはオッサンに大切な人を殺されたんだ」とチェルシーが言った。猫はミロの過去の記憶を読み取っている。だから記憶に蓋をしているミロ自身より、彼女の過去には詳しい。
「なんか落ちてねぇー?」
と俺は尋ねた。
「あれ? これってどうやって飛んでんですか?」とミロが慌てる。
「知らねぇーよ。ウンポコも漏らしてしまいそう」とチェルシー。
「落ち着け」
と俺が言う。
「コレはたぶん風魔法だ。風を使って浮いてるんだ。イメージしろ」
「お前が変な事、聞くから飛び方がわかんなくなったんじゃねぇーか?」とチェルシー。
「変な事?」
「ミロの大切な人がオッサンに殺された事だよ」とチェルシー。
ジェットコースターで落ちていくように落下していく。重力で心臓が飛び出しそう。
「落ち着け。落ち着け。今のミロには俺がいる」
と俺が言う。
「……勇者様」
とミロが呟いた。
「どうやって……息するんでしたっけ?」
コレ、アカンやつやわ、と俺は思う。
空中でミロを抱きしめた。
「俺も強く抱きしめてくれ」
とチェルシーが泣きそうな声を出す。
落ちていく。
林檎が木から落ちるように。
スーパーボールが高層マンションから落ちるように。
自殺者がビルから落ちるように。
アナタの名前はハクよ、とアニメ映画のワンシーンを思い出す。
「パパ、大好き」
とミナミの声が聞こえたような気がした。
「パパ、あき」
と咲太郎の声が聞こえたような気がした。
まだ2歳になったばかりの息子は、『す』が言えず『あ』になってしまうのだ。
「せーの、で一緒に言おう」
とお姉ちゃんのミナミが言う。
「せーの」
『パパ好き』
『パパあき』
娘と息子がキャキャキャと笑う。
「どう?」と妻が尋ねた。
「死ぬほど可愛い」と俺は言う。
ミロとチェルシーをギッと抱きしめた。
落ちていく。
落ちていく。
落ちていく。
落ちていく。
(作者からのお願い)
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関連作品は『性奴隷を飼ったのに』です。もしよかったら読んでください。
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