第5話 エッチしてぇ〜
エッチしてぇ〜、と俺は呟いた。
彼女と一緒にいたら、俺が暴走してしまいそうなので洞穴から出て、地面の上に座った。
夜空を見上げるとシロアリが蠢いているような満点の星だった。
大きな月の隣には、小さな月が寄り添っている。
夜空を見るとお留守番している子どものような不安な気持ちになった。
ココは地球ではないどこか別の世界。
俺は変なところに迷い込んで出れなくなってしまった。
膝を抱えて、地球にいるはずの子ども達の事を考えた。
お父さんがいなくなって悲しんでいないか? 不自由していないか?
森の中は虫が悲鳴をあげ、遠くでは獣が吠えていた。
しばらくすると何かが近づいて来る気配がした。
俺は腰につけた、ただの剣の柄に触れた。
「俺だよ俺」
とチェルシーの声が聞こえた。
猫が目玉ライトを付けた。目玉ライトというのは目玉が光って辺りを照らしてくれるライトである。彼の体には様々な魔道具が取り付けられていて、色んな機能が搭載されていた。
目玉を光らしたチェルシーが立っていた。
眩しい。
「なに凹んでんだよ」
とチェルシーが言って、俺の隣に座った。
「アレか? 交尾の後に、後ろ蹴りでもされたか?」
とチェルシーが尋ねる。
「なんで雌は交尾の後に後ろ蹴りしてくるんだろうな?」
「それ猫だけだよ」と俺が言う。
「えっ?」とチェルシーが驚いて立ち上がり、俺を見た。
「眩しい」と俺が言う。
「それじゃあ、なんで雌猫は俺を蹴るんだよ?」
「猫のティンポコには棘があるんだ」
と俺が言う。
「棘? 俺の息子に棘? ……嘘だろう。嘘だって言ってくれよ。嘘なんだろう? ティンポコに棘って、嘘なんだよな?」
とチェルシーが俺の肩を揺らす。
「本当」と俺が言う。
「マジか、俺のティンポコに棘があるのか。俺、めっちゃ野蛮猫じゃねぇーか」
と彼は言って、ティンポコを照らす。
そして毛に覆われた下半身を触った。
「猫のティンポコには子宮を刺激するための棘があって、それが痛くて雌猫は行為の後に後ろ蹴りするんだ」
「なんてこったぁー。っていう事は、奴等が行為の後に蹴るのは俺のせいだったのか」
とチェルシーは言って、四つん這いになり、地面を照らした。
しばらくの沈黙。
虫の絶叫を俺は聞いていた。
「っで、お前、あの女とヤッたんだろう?」
とチェルシーが下世話な事を聞いて来た。
「ヤってねぇ」
と俺が言う。
「なんでだよ? お前のティンポコには棘が生えてねぇーんだろう? 愛した雌猫を傷つけてしまうわけじゃねぇーんだろう?」
「子どもがいるんだ」
と俺が言った。
「それがどうした? 猫は子どもがいても、そこらでジャンジャン、ヤってるぜ?」
エッチがしたい、だけどしたくない。
「早く子ども達の元へ帰って、2人を抱きしめたいんだ」
と俺が言う。
「子どもがいるだけでエッチを拒むなんて、人間の30代ってややこしいんだな。猫の12歳はヤリまくりだっていうのに」
「チェルシーは出会った時から12歳だな」
と俺が言う。
黒猫とは2年前に出会った。その時から彼は12歳だった。
「永遠の12歳なんだよ」とチェルシーが言う。「それ以上の数字は数えられねぇ」
「猫の12歳は人間の年齢で言えば84歳ぐらいだぞ」
と俺は言った。
「マジか。俺、相当なジジィじゃなねぇーか」
とチェルシーが言う。
「もうすぐ勃たなくなっちまうのか、俺」
チェルシーは目玉ライトで下半身を照らした。
俺、元気だよな? 大丈夫なのか? もうクソジジィだぞ? でも俺まだまだヤれるぞ? と猫がブツブツと呟いている。
「体に埋め込まれた魔道具で年を取らなくなっているんじゃねぇ?」
と俺が言う。
「だと思った。ビビらすなよ。もうティンポコが取れる年齢だと思っちまったじゃねぇーか」
とチェルシーが言う。
何歳になってもティンポコは取れないと思うけど。
「……子どもの映像を見せてくれねぇーか?」と俺が尋ねた。
「またか」
とチェルシーが言った。
「毎晩、毎晩、子どもの映像ばっかり。俺も飽きてきてんだよ」
「頼む」
と俺が言う。
「チェ」とチェルシーは舌打ちした。
「ポップコーンは持ったか?」と猫は尋ねた。
「あぁ」とポップコーンは持っていないけど、俺は頷く。
「劇場内での映画の撮影、録音は犯罪だからな。不正な行為をみかけたら俺が鋭い爪で顔面をひっかけるぞ。NO MORE 映画泥棒」
と猫が言う。
映像を撮影するための機器を俺は持っていない。
だけどチェルシーは、こんな事を毎回言うのだ。
俺の記憶から、映画の知識を取り出したんだろう。
そして彼は壁にライトを向けた。
凸凹の壁が照らし出される。
その光が、プロジェクターマッピングのように映像を映し出す。
娘のミナミがヨチヨチと歩いている映像である。
どこかのドラッグストアなのか? まだ娘は2歳ぐらいで、棚に置かれたゼリーを持って、コッチに戻って来る。嬉しそうに彼女はパパが持っている籠にゼリーを入れた。
次は3歳ぐらいのミナミの映像である。
玄関の扉を開けるとミナミが立っていた。嬉しそうに「パパ」と叫んでいる。
次は、次は、次は、と次々と娘の映像が写し出される。そして息子の咲太郎が生まれる。まだ生まれたばかりの赤ちゃんを娘が覗き込んでいる。
俺は映像に向かって手を伸ばしていた。
2人が愛おしすぎて、心が痛い。
今すぐに君達の元へ帰りたい。
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