第3話 性奴隷を癒す
「それで、その汚ねぇ娘は何なんだよ?」
とチェルシーが尋ねた。
洞穴の中には可愛らしい黒猫が胡座をかいていた。チェルシーはシュタイン博士の実験で、体に魔道具を仕込まれた特別な猫である。
チェルシーは胡座をかいた足で貧乏揺すりをして、短い腕を組んでいた。
「武蔵さんよ、調味料を買いに行ったんじゃなかったのか? その汚い娘は塩なのか?」
と黒猫が尋ねた。
「この子が塩に見えるのか?」
と俺が尋ねた。
「見えねぇーから聞いてんだよ」
とチェルシーが怒鳴る。
「そうカリカリするなよ」
と俺が言う。
「お前、今の状況を理解してるのか? 魔王イライアに敗れ、国から死刑宣告されて逃走中なんだぞ?」
「知ってるよ」
と俺は言った。
「だけど、この子は俺が買わないといけなかったんだ」
俺は抱えていた女の子を地面に降ろした。
黒髪。だけど顔は整った西洋人のようで、見つめたら吸い込まれるぐらいに美しい。
「……」
彼女は何かを懇願するように俺を見つめた。
「俺は君を殺さない」
と俺が言うと、少女は家族を失ったような目をして、俺から視線を逸らした。
「お前がソレを買うことなんてねぇーんだよ。そこらの変態に買ってもらえばよかっただろうが」とチェルシーが悪態をつく。
「そうかそうか。お前はそういうのが趣味なのか? ド変態。これでお前の日本に戻りたいって希望も無くなったな。どうやって女の子を抱えて、魔王を倒しに行くんだよ? 魔王が持つ賢者の石がないと日本に帰れないんだぞ」
チェルシーが貧乏揺すりをしながらギャーギャーと騒いでいる。猫がうるさいのはいつもの事だった。
俺は少女の切断された腕に触れた。
俺にはスキルがある。
この世界に来た時から、その力は使えた。鳥が空を飛べるように、モグラが土を掘れるように、この世界に来てから俺はその力が使える事を知っている。
俺が触れた場所が光り輝き、そこにあるはずだった腕が元に戻っていく。
回復とは、……元通りになることである。
元通り、というのは、前の姿に戻る事である。
回復魔法の原理はわからん。
だけど感覚的なモノで説明するなら、傷ついたところの時間を
回復魔法とは、時間魔法の事なんじゃないか、と俺は考えている。
彼女は元通りに戻った右手を開いたり閉じたりを繰り返し、大きな目をパチパチと瞬きして親友の幽霊と出会ったように愛おしそうに右手を見つめた。
「どうして?」と彼女は涙を流しながら尋ねた。
「チェ」
とチェルシーが舌打ちした。
「コイツは癒しの勇者なんだ。癒しのだぜ。ただ癒すしか脳がねぇアホなんだ。だから失った手足を元に戻すこともできるんだ」
「勇者様?」
と彼女は尋ねて、潤んだ瞳で俺を見つめた。
「反対の腕も元に戻そう」
と俺は言って、反対の腕も元通りに戻した。
そして足も。
壊れたオモチャを元に戻すように。
元通りに戻った彼女の足は白かった。だけど思ったよりも走ることが得意そうな足である。
「あぁ」と彼女は呟いた。
そして無くした宝物を見つけたみたいに、彼女は愛おしそうに足を抱えた。
少女は耳たぶも欠損していた。ネズミに食べられたみたいに両耳の耳たぶが無いのだ。
俺は彼女の両耳に触れた。
「あっ」と彼女がビクンと震えて、声を出した。
もしかしたら耳がクスぐったかったのかもしれない。
「耳も元に戻してあげるね」と俺は言った。
触っただけなのに、耳が赤く染まった。
柔らかいプニっとした感触がしたと同時に、彼女の頭が光り輝いた。
少女の黒髪だった髪色が金色に変化した。
「さっき言った発言は撤回する。この子は買ってよかったかもしれない。この子はエルフだ」とチェルシーが言って、コチラに近づいて来た。
「エルフ?」と俺は首を傾げた。
エルフというのは、森の中に住む魔法を得意とする種族である。
「エルフは耳に魔力が宿るんだ。耳を治したことで魔力が戻ったんだろう。この子は意外と掘り出し物かもしれねぇーぜ」
チェルシーが肉球で、少女の頭をポンポンと触った。
少女を慰めているわけではない。彼女の記憶を読み取っているんだろう。黒猫は人の頭を触るだけで記憶を読み取るスキルを持っている。
少女の記憶を読み取ったチェルシーが、ゲラゲラゲラと笑い出した。
「どうしたんだ?」
と俺は尋ねた。
「この子は俺達と同じだ」
「同じ?」
「前回の勇者パーティーに彼女はいて、魔王に負けた勇者の味方だった。そして王様から処罰を与えられて現在に至る」
「この国は何度も同じ事を繰り返しているのか」
「魔王を倒すまで、何度も繰り返すんだろうよ」とチェルシーが言った。
「あまりにもその時の出来事がショックで記憶に蓋をしている」
「蓋?」と俺は尋ねた。
「色んな事を忘れているんだ」とチェルシーが言った。
「自分の名前すらも忘れてるぜ」
洞穴まで来る道中で俺は彼女に名前を尋ねた。だけど何も答えてくれなかった。名前を教えたくないんじゃなくて、忘れていたのか。
「彼女の名前は?」と俺はチェルシーに尋ねた。
「ミロ」と猫が言った。「元聖騎士団団長のミロ」
少女は足を抱えたまま、コチラを見た。
「ミロ」と俺は言う。
「これからよろしく」
俺は手を差し出す。
彼女は両手で包み込むようにして、俺の手を握った。
握手して、手を離そうとする。
あれ?
離れん。
彼女の手を振りほどこうとする。
離してくれん。
「それとミロは呪われてる」
とチェルシーが言った。
「性奴隷になるためにエッチがしたくてしたくて堪らない呪いにかかっている」
そんな呪いがあるのか、と思ったと同時に、可哀想だなとも思った。
彼女の目を見ると獲物を見つけた狩人の目だった。
手を離してくれない。意外と力が強い。
「俺も雌猫を探してくるわ。せっかく買ったんだ。お前もティンポコを使いやがれ」
と黒猫が言って、洞穴から出て行った。
日が沈み始めている。チェルシーの姿は洞穴を出ると、すぐに見えなくなった。
俺の手を離してくれないミロは、久しぶりに獲物を見つけた肉食獣のようにジュルジュルと舌なめずりをした。
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