第2話 性奴隷を購入

 ミロとの出会いは街に出かけた時の事だった。

 動物や山菜だけでは物足りないというか、味が無い。基本的には焼くだけになってしまう。猫の舌にはそれでもいいかもしれないけど、美味しいモノを俺は食べたい。

 だから調味料の買い出しに街まで出かけた。

 チェルシーはうるさいからお留守番である。


 ついでに剣や防具も売るつもりだった。拾ったアイテムである。だから大きな布袋を俺は抱えていた。

 フードを深く被り、人と目が合わないように歩いた。

 久しぶりに人里に来たせいで、色々と目移りしていた。

 

 小道に入り込んで、いかがわしい雰囲気のところに来てしまった。なんか血の匂いもする。商店街のところへ戻ろうと思っているのに、好奇心で小道を進んでしまう。

 小道を進んだ先に、店先に大きな鳥かごが設置されていた。

 その中に、ナニカかが入っていた。


 鳥かごに入っていたモノ。少し離れたところからは、それがなんなのかはわからなかった。

 犬ぐらいのサイズの生き物? いや、生き物かどうかも怪しい。動いていなかった。

 近くで見たら、それは……。


 手足が無い、生きた人間だった。


 胴体は麻の服を着て、手足が無いせいで座れないのか、あるいは一番楽な姿勢なのか、ソレはうつ伏せになっていた。


 ソレが顔を上げた。


 青の目の綺麗な少女だった。


 手足を切られた生きた人間が売られていたのだ。

 しかも綺麗な少女である。

 どこかで誘拐されて手足を切られたのか?


「……助けて」

 と少女はか細い声で呟いた。


 俺は逃げ出すように走って商店街に戻った。



 忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ、と念じながら道具屋に行き、アイテムを売った。

 アイテムは思ったよりも高い値段で買い取ってもらえた。そのお金で調味料を買った。

 

「……助けて」と少女は言ったのだ。忘れろと念じても、脳裏に手足の無い少女が浮かぶ。

 俺なら彼女を元の姿に戻す事ができる。

 でも、その後は?

 俺達は国に追われている。

 犬を捨てるように、元気になったら森に捨てるのか?

 それより、ちゃんとした人に買ってもらった方が……。

 いや、手足を切断された美少女を買う奴なんて変態しかいねぇーだろう。

 俺が買ってあげないと彼女の未来は……。


 あの小道に俺は戻っていた。

 そして手足が無い少女がいる店へ。


 店先に出された大きな鳥かごの中には手足が切断された少女がいた。

 まだ誰にも買われていない。


 俺は深呼吸をした。

 古びた扉を開ける。

 店の中は思っていたより広い。コンビニぐらいのサイズはあるだろう。

 檻が並べられていて、その中には亜人や人間などが閉じ込められている。男もいれば女もいる。檻の中は窮屈そうで、みんな古井戸に落ちて誰にも気づかれずに死んでいくような顔をしていた。


 背の小さい皺くちゃのお婆さんが椅子に座って本を読んでいた。


「すみません」と俺は、椅子に座っていたお婆さんに声をかけた。

 皺だらけのお婆さんは俺を睨むように見つめた。


「なに?」

 とお婆さんが尋ねた。


「店先の女性を買いたいんですが」

 と俺が言う。


「手足のない性奴隷のことか?」

 とお婆さんが尋ねた。


「はい」


「アレが好きなのか?」


「……わからないです」


「可哀想だから買いたい、ってわけか?」

 とお婆さんが尋ねる。


「……」


「アンタみたいな人がいるから店先に出してるんだけどね」

 とお婆さんがニヤリと笑った。


「金貨5枚」

 とお婆さんが言った。



 金貨5枚というのは日本円で言えば……日本円で言ってもお金の価値は変動するから意味がないだろう。しかも街によっても相場が違う。一概に金貨1枚が10万円とも言えないのだ。銅貨100枚で銀貨1枚。銀貨100枚で金貨1枚。お昼ご飯を食べようと思えば銅貨5枚ぐらい。この近辺の宿屋で素泊まりするなら銀貨2枚ぐらい。武器屋で、もっとも強い武器を買っても金貨2枚ぐらい。

 

 金貨5枚は相当な値段である。

 魔王退治に行っていた時に冒険者として稼いでいた貯蓄を使わなければ買えない値段だった。


「金貨5枚」と俺は呟き、ポケットに入れていた硬貨入れの小袋を開けて中を覗いた。

 金貨5枚もあるだろうか?


 お婆さんが額縁のような入れ物を店の棚から取り出した。

「これに入れて数えたらいい」

 とお婆さんが言う。


 お婆さんの向かいの席に座り、小袋から硬貨を取り出して数えた。

 硬貨を数えている時に、「あの子は相当にエロいよ」とお婆さんが言った。

 だけど俺は硬貨を数えていて、返事も出来なかった。

「夜になれば、手も足も無いのに、檻の棒を使って、1人でスルんだ」

 お婆さんは棚から紙を取り出して、雑誌をめくるようにペラペラと、目的の紙を探していた。

 どうにか金貨5枚分はあった。 


「それじゃあ、奴隷契約書にサインして」

 とお婆さんは言って、俺の目の前に紙を置いた。

 契約書には血が付いていた。拇印の代わりに血を付けているんだろう。しかもミミズが這ったような、文字にもなっていない文字が書かれている。手足が無いから口に咥えさせてサインさせられたのかもしれない。 

 テーブルに置かれた羽ペンを使って、日本語で名前を書いた。


「拇印」

 とお婆さんが言った。


 テーブルに置かれていた小刀で親指を少しだけ切り、契約書に血を付けた。

 切り傷は、すぐに消えてしまう。オートヒールしてしまうのだ。だから血は少量しか出なかった。

 血の拇印を押すと契約書は煙で作られたように消えた。


「これでアレはお兄さんのもんだよ」

 とお婆さんが言った。


「逃げようとしたり、主人を傷つけようとしたり、反攻したら激痛を感じるようになる」


「その痛みを和らげることは?」


「なに言ってんだい。バカなのかい?」


「……いや、激痛って可哀想だなって思って」


「ちゃんと主人に逆らわないように調教したらいいんだよ」

 とお婆さんが言った。


 液体が入った小皿をお婆さんがテーブルに置いた。

「これは?」と俺が尋ねる。

「ポーション」とお婆さんが答える。

 色んな人が使った後らしく、赤色が混じっている。

 もう傷は治っていたけど、親指に液体を付けてズボンで液体を拭いた。


 お金を受け取ったお婆さんは鍵を持って店を出た。俺も後に続く。

 大きな鳥かごをお婆さんが開けた。


「お兄さん、後は勝手に持って行って」

 とお婆さんは言った。

 連れて行って、ではなくて、持って行って、とお婆さんは言ったのだ。

 お婆さんにとっては、彼女はモノなのだろう。


 俺はしゃがみ込み、手足の無い少女に手を伸ばす。

 彼女はチラリと俺を見た。

 俺は鳥カゴから彼女を出して、子どもを抱えるように抱っこした。

 ココでは手足を元に戻してあげる事はできない。そんなところを誰かに見られたら癒しの勇者であることがバレてしまう。失ったモノを元に戻す芸当ができるのは癒しの勇者ぐらいだからだ。


 店から離れると「……私を殺して」と少女は俺の耳元で呟いた。

 俺は何も返事をしなかった。

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