第5話


私はロンの頬に左手を当てた。



「いいえ、ロン。私、怒られて当然だわ。あなたが好きなのに、それをあなたに伝えなかったばっかりに、みんなが幸せになれなかったんだもの。ごめんなさい」



ロンは私をじっと見た。


まるで私の言葉が耳に届かなかったように、何の反応もしなかった。


それでも。


それでも私は、自分の気持ちを伝えてしまった事で、不思議と心が安らいでいた。


ロンが私の事を大事に思ってくれている事はよぉく分かった。


それだけで十分。



「心配かけてごめんなさい。もう二度とこんな事がないように気を付けるわ。せっかくあなたが救ってくれた命ですもの。大事にしなくちゃね」



私はロンの頬から手を離した。


近くに落ちていた木切れを拾い、杖を付け、火を灯す。



「さぁ、帰りましょう。お腹が空いちゃったわ。ロン、夕食食べた?まだだったら家で食べて行く?お昼の残りのシチューが鍋に入ってたはずよ」



私は返事を待たず、歩き出した。


すぐにロンが私の隣に並んだ。


ロンは私の手から松明を取った。



「僕が持つよ。君のその空いた手は僕の腕に載せたらいいさ。その……君が嫌でないなら」



私はお言葉に甘えて腕に手を回した。


私達は並んで歩いた。



「ねぇ、エマ。さっきの君の話なんだけど」


「なに?」


「君が僕の事を好きって言ったように聞こえたんだけど、本当かい?」


「えぇ、そう言ったわ。あなたが好きよ、ロン。ずっと、ずぅっと昔から」


「それは………それは今も?」



ロンの伺うような声色に笑いが出そうになる。


さっきの告白が伝わってなかったって事?


それとも………


そう。


きっと憶病なんだわ。


夜の森に灯りもなしに入ってきたのに。


狼男を撃退したのに。



「えぇ、勿論よ、ロン。今もあなたが好きよ、ロン」


「僕は………僕はアリスと結婚して逃げられた男なのに………」


「そんな事関係ないわ。確かにアリスに押し切られて結婚したのは頂けないけれど………」


「それは………そうだよね………」



ロンは黙ってしまった。


言い訳すればいいのに。


アリスが結婚してくれなければ死ぬ、と脅した事は手紙に書いてあった。


ロンは優しいから私と結婚してくれたのだ、と。


でも、こういう人は優しいというのではなく、優柔不断というのかもしれない。


ヘンなとこ意地っ張りだし、プライドは高い。


だからアリスの事を告げ口するような事は言わないだろう。


昔からちっとも変っていない。


でも、そういう所も全部ひっくるめて。



「好きなの」



ロンが変われないなら私が変わればいい。



「好きよ、ロン。大好き」


「エマ………僕も………僕も好きだ」



ロンは何かを振り切るように、好きだ、と口にした。



「そう。嬉しいわ」



私は足を止めたロンに向き直った。



「だったら一緒に夕食を食べましょう。明日の朝食も昼食も夕食もそれから……明後日もその次も。毎日、毎食、一緒に食事しましょう。きっと楽しいはずよ」



ロンは頷いた。


私達はまた歩き出す。


森を抜けるまで黙ったまま歩き続けた。


森を抜けた所で足を止め、振り返る。


森は重く圧し掛かる程の闇を蓄え、隙あらばその闇を吐き出そうとしているように見えた。


でもその闇は、とても優しかった。


私の恐怖を取り除き、私の望みを叶えようとしてくれた。


あの人みたいな人を優しい、というのかもしれない。


ありがとう、レムス。



「エマ、帰ろう」


「えぇ」



ロンに促され、私達は家に帰った。




2012/03/17

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やさしいひと @Soumen50

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