第3話


「ぁの……あなたのお名前を伺ってもよろしいでしょうか?お譲さん」



黙っている事に耐えかねたのか、レムスが尋ねてくる。



「エマ。村で子ども達に勉強を教えているの。読み書きや計算。それに簡単な魔法薬の作り方も」


「魔法薬?それは魔法使いにしか作れない物では?」


「そうね……でも魔力を使わずに出来る薬はあるわ。材料が魔法的って事だけで………その材料を探して今日はこんなに遅くまで森にいる事になったのだけど」



切り傷を治す薬や熱冷まし薬は、材料さえ手に入れてしまえば作るのに杖は必要ない。


家庭の常備薬を自分の手で作れるようになれば、いざという時心強いはずだ。



「なるほど。ぃや、勉強になります。それで、今日はどのような薬の材料を探していたのですか?」


「あ~~ニキビを治す薬よ。それには吉羅草という薬草が必要で………年頃の子どもには生死を分けるに等しい薬の材料だわ」


「それはまた大げさな」



レムスは笑った。



「そんな事ないわ。ニキビが一つあるだけでその日の気分が全然違ってくるのよ。その所為で好きな子に嫌われたらどうしよう、と可愛らしい事を思ったり、自分に自信が無くなって死にたいなんて物騒な事を思うものよ。あなたにはそんな経験ないの?」



私は隣を見上げた。


並ぶとレムスは本当に背が高かった。


ずっと見ていたら首が疲れそうだ。


レムスは困ったような顔をした。



「残念ながら。体質でしょうか、私はニキビが出来た事がなくて………今までは得している、と思ってたんですが、それで貴重な経験をする機会を一つ減らしていたのですね」



私はそのもの言いが可笑しかった。


人生何事も経験だ、とは聞くけれど、ニキビを経験したかったなんて言う人初めてだ。



「それは得している、と思っていて正解よ。辛い事や悲しい事を自ら進んで体験する必要なんてないわ。そんなのは向こうから勝手にやってくるものだから」



言って後悔する。


その言葉はずっと自分に言い聞かせてきた言葉。


誰かに聞かせるモノではなかったはずだ。



「そう………あなたはそういう経験をしたんですね、エマ」


「え?」


「今の言葉。望んでいない辛い事や悲しい事を経験したのでしょう?」



レムスは私を気遣うような声を出す。


が、私は笑った。



「ないとは言わないわ。でも、それもこれも済んでしまった事だもの。特に気に病んでもないわ」


「ですが、あなたは悲しそうですよ。まだそこから抜け出せてないのですね」



抜け出せて、は、いない。


でも抜け出す事は出来るはず。



「話してみてはいかがでしょう?私達は他人同士。ほんの少しの時間、共に歩いているだけ、なのですから」



レムスは足を止めた。


私も足を止める。


灯りは彼が持っている。


暗闇の中、灯りなしで先に進む事は出来ない。



「誰かを永遠に失ったのですか?ご両親やお友達、好きな人?それとも………あなた自身ですか?」



レムスは私を見ながら問いかけた。


私は………


私はそれに頷いた。


誰かに話したい、とずっと思っていたんだろう。


この心の内を。


私達の事を誰も知らない誰かに聞いて欲しかった。


同情や、意見なんて求めない。


ただ聞いて欲しい。


だから誰にも、村の誰にも話す事は出来なかった。


私は口を開いた。



「私には幼なじみがいるの。男の子で……私はその子が好きだった。でもその子は私の妹と結婚して……でもまだ好きなの」



ただそれだけ。


どこにでもあるような話だ。


ぃや、話だった。



「先月、妹が失踪したの。……彼のお兄さんと、ね。だから正確には駆け落ち。もうショックよぉ。一生懸命諦めようとして1年。やっと気持ちにケリが付きそうな時にこの仕打ち。本気で妹を怨んだわ」



呪い殺そうとまで考えた。


でもそれをする前にアリスから手紙が届いた。



「それには、私に対する恨みが切々と書いてあったわ。妹は彼の事が本気で好きで、アタックして押し切って、やっとのことで結婚した、と書いていた。でも彼は別の人が好きで、それが私で、1年しても気持ちを変える事が出来なかったって」



指一本触れてもらえなかった、とアリスは書いていた。


精一杯努力して好きになって貰おうとした。


温かい食事、整理整頓された部屋、きれいに洗われた服。


毎日毎日、頑張った。


でも、彼は私を好きにならなかった。


反対に、どんな努力もなしにお姉ちゃんは彼に好かれてる。


ずるい。


ずるい。


ずるい。


そう思う自分が嫌で、でもどうしてもそう思ってしまう自分がいて………


毎日こっそり泣いていた。


そんなアリスをジョージが見付けてしまった。


ジョージに促され、アリスは全部話した。


ジョージの気持ちはよく分からない。


アリスに同情しただけかもしれないし、元々好意を持っていたのかもしれない。


とにかく、ジョージはアリスを連れて、村を出て行ってしまった。


彼を好きな私と、私を好きな彼を残して。



「妹の手紙を読んで、私は吐きそうになったわ。妹達の身勝手な行動に、よ。この1年の私の努力はなんなのって怒りもしたし、悲しくもなった。でも………でもやっぱり本当は、嬉しかったのよ」



彼が私の事を好いてくれてると分かったから。



「嬉しくて堪らなくて、でも私の想いは益々伝える事が出来なくなって、絶望したの」


「どうして?伝えればいいではないですか?彼はもう一人身なんでしょう?」



レムスは首をかしげた。


私は頭を振った。



「ムリよ。彼は自分の兄に嫁を寝盗られた可哀想な男ってみんなに言われてる。その彼に私が想いを伝えても、それこそ同情からだと思われるでしょうね。他の誰でもなく、彼にそう思われるのは嫌なの」



きれい事かもしれない。


どういう風に思われても自分の気持ちを伝えなければ後悔する、とも思う。


でも、それでも嫌だ。



「ニキビがある訳じゃないけど、出来た時と似たような気分ね」



村のみんなはアリスとジョージの事を悪く言う。


でもそれは私が彼に想いを伝えていれば防げたことかもしれないのだ。


多分、アリスは彼と結婚する事はなかったし、ジョージだってアリスと駆け落ちする事はなかった。


全てが私の後悔に繋がる。


そしてこれからも後悔の種を抱えて生きて行かなければならないなら………



「………死にたいわ」



私はぽそり、と呟いた。

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