第3話 壊れた仮面 ③

撮影が終わり、玲子は楽屋で一息ついていた。心地よい疲労感が体を包む中、ふと雅也のことを考える。彼との時間は、玲子にとって唯一の安らぎであり、救いでもあった。しかし、その感情が次第に大きくなるにつれ、玲子の心は迷いと葛藤に揺れ動いていた。


「このままじゃいけない…」玲子は心の中で呟いた。彼女は夫と子どもたちを愛しているが、家庭内で感じる孤独は埋められない。雅也との関係が彼女の心を満たしてくれる一方で、その愛が禁断のものであることも理解していた。


その晩、玲子は自宅に戻ると、直人がリビングでキャンドルを作っているのを見かけた。キャンドルの灯りが彼の顔を照らし、柔らかな光が部屋を包んでいた。玲子はその光景を見ながら、胸に痛みを感じた。


「直人、今日は早く帰ってこれたのね。」玲子は無理に微笑んで言った。


「そうだね。少しだけ仕事を早く終わらせたんだ。」直人は短く答え、再びキャンドル作りに集中した。


玲子はリビングのソファに腰掛け、直人の背中を見つめた。彼との間にある距離感が、どれだけ深く広がっているのかを感じずにはいられなかった。


翌朝、玲子は目を覚ますと、直人がまだ眠っているのを見た。彼の寝顔は穏やかで、まるで何も問題がないかのように見えた。玲子はそっとベッドを抜け出し、キッチンで朝食を準備しながら、自分の心の中の葛藤と向き合った。


その日も、玲子は撮影に向かう準備を整えた。車の中で、ふと雅也のことを思い出した。彼との関係を続けるべきか、それとも断ち切るべきか、玲子は深い悩みに囚われていた。


スタジオに到着すると、雅也が笑顔で迎えてくれた。「玲子さん、おはよう。今日はまた一段と輝いているね。」


「ありがとう、雅也さん。でも、私…」玲子は言葉を詰まらせた。彼に全てを打ち明けるべきかどうか迷っていた。


撮影の合間に、二人は再び公園へと足を運んだ。夜風が優しく二人の顔を撫で、静かな時間が流れていた。


「雅也さん、私はあなたといるととても幸せだけど、このままでいいのかどうか分からない。」玲子はついに心の中の迷いを打ち明けた。


雅也は静かに玲子の手を取り、「玲子さん、君の気持ちはよく分かるよ。僕も同じように感じている。でも、僕たちはお互いを必要としているんじゃないか?」と言った。


玲子は雅也の言葉に安堵しつつも、心の中の葛藤が消えない。「でも、家族を傷つけたくないの…」


「それでも、君が本当に望むことは何なのか、自分自身に問いかけてみるんだ。」雅也の言葉は玲子の心に深く響いた。


その夜、玲子は家に帰り、再び家族と向き合う決意を固めた。彼女は自分自身の心と向き合い、家族と雅也との間で揺れ動く感情に真摯に向き合うことを誓った。


玲子は家族との時間を大切にしようと努めていたが、心の中には常に雅也の存在があった。彼との関係が彼女にとってどれだけ大きな意味を持っているかを改めて感じながらも、家庭との狭間で揺れ動く日々が続いていた。


その週末、玲子は夫の直人と子どもたちと一緒に過ごす時間を設けた。彼らと一緒に過ごすことで、家族の絆を再確認しようと努めたのだ。公園でピクニックをしながら、玲子は子どもたちの無邪気な笑顔を見て、自分が家族にとってどれだけ大切な存在であるかを実感した。


しかし、心の片隅には常に雅也の影がちらついていた。その存在は彼女にとって甘美でありながらも罪悪感を伴うものだった。


その夜、玲子は自分の寝室で眠れずにいた。直人が隣で静かに眠る中、彼女の心は雅也との次の逢瀬を待ち焦がれていた。玲子は静かにベッドを抜け出し、リビングルームで一人考え込んでいた。


「このままじゃいけない…でも、私は彼を必要としている。」玲子は心の中で自問自答を繰り返していた。


その時、玲子のスマートフォンが鳴った。画面には雅也の名前が表示されていた。玲子は一瞬ためらったが、すぐに電話に出た。


「玲子さん、今夜会えませんか?」雅也の声は優しく、玲子の心を捉えた。


「わかった、すぐに行くわ。」玲子は短く答え、コートを羽織って家を出た。夜の冷たい空気が彼女の肌を刺すようだったが、その寒さが逆に彼女の心を落ち着かせた。


二人は、いつものカフェで会うことにした。カフェの中は暖かく、二人は静かな隅の席に座った。雅也の顔を見た瞬間、玲子の心は安堵感で満たされた。


「玲子さん、君が来てくれて本当に嬉しいよ。」雅也は微笑みながら言った。


「私もよ、雅也さん。でも、こんな関係がいつまでも続くわけじゃないのよね。」玲子はコーヒーカップを見つめながら答えた。


「玲子さん、僕たちはお互いを必要としているんだ。君がいなければ、僕はこの孤独に耐えられない。」雅也の言葉は真摯で、玲子の心に深く響いた。


「でも、家族がいるの。私がこんなことをしていると知ったら、きっと傷つくわ。」玲子の目には涙が浮かんでいた。


「玲子さん、君の気持ちはよくわかるよ。でも、僕たちが一緒にいることで幸せになれるなら、それが一番大切なんじゃないか?」雅也は玲子の手を取り、そのぬくもりを感じた。


二人はしばらく無言でお互いの存在を感じながら過ごした。玲子は雅也の手のぬくもりが、自分にとってどれだけ大切なものであるかを痛感した。


「雅也さん、私たちの関係がどんなに難しくても、あなたと一緒にいることが私にとっての救いなの。」玲子は涙をこぼしながら言った。


「玲子さん、僕も同じ気持ちだよ。だから、これからも一緒に歩んでいこう。」雅也は優しく玲子を抱きしめた。


その夜、二人はカフェを出て、静かな夜道を歩いた。夜空には星が瞬き、冷たい風が二人の間を吹き抜けた。しかし、その風は二人の心を冷やすことなく、逆に絆を強めるかのようだった。

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