第2話 ミリオン

 俺は魔族と人間のハーフだった。


 俺には胎児の頃からの記憶がある。

 魔族と契約した人間の母に産み落とされ、産まれてすぐ孤児院へと入れられた。

 通常魔族は産まれてすぐ大人になる。しかしハーフの俺は、産まれた後から段々魔力が増えていった。魔力が日毎に増えある日、赤ん坊から一気に子供になり気味悪がった院長に、最初の孤児院は追い出された。

 魔族特有のツノや爬虫類のような尻尾はなかったが、黒い目と魔力だけは受け継いでしまった。幼い体の中を赤黒いかのような禍々しい、膨大な魔力が巡る。その魔力をどうしたらいいのか分からずに、いつだって弾けてしまいそうだった。

 孤児院を転々とした。

 いくつめかの孤児院で魔力が爆発したかと思うと建物ごと吹き飛んでしまっていた。


 自分自身もまるで内側から破裂したかのような悶絶する痛みが伴った。


 身体が回復したと思ってもしばらくすると再び魔力が溜まりだし、体の内側から破裂しそうな痛みに耐える日々だった。大人の体になるまで、少しでも長く身を置ける場所を得るために髪で顔を覆った。 

 しかしどこへ行ってもバレれば、黒い目は気味悪いと石を投げられる。


「魔族じゃないーー! 半分は人間なんだ!」


 中には優しい孤児院もあったが、みんな俺の目を見ると恐怖に怯え、距離をとった。


「すまない……お前の目のことが町の商人達から上へ伝わって……お前を置いている限り寄付がもらえなくなったんだ。みんな路頭に迷ってしまう……。すまないが、出ていっておくれ」


 次第に、半魔であることは言わないようになった。魔族なんかじゃないーー。

 追われるように、産み落とされた国の外れに着く頃には、魔力を抑え続けた上何日も食べ物にありつけず空腹の体に限界が近づいていた。

 ーーもう、動けないーー魔力も、抑えられないーー抑える意味、あるのかーー?


 そんな考えが過った時、白髪混じりの老婆と2人の子供が近寄ってきた。


「どうしたの、具合が悪いの?」


 虚だった目にうつった一人の、なんと制御された膨大な魔力ーー。体の内側に何重にも壁を築くかのような魔力を抱えた少女、その少女の指先が一瞬触れた途端ーー


 嘘のように痛みが消えてーー老婆が何か言っているがそのまま意識を手放した。


 次に目を開けると、見知らぬ天井に意識を手放す前に見たあの少女がいた。茶髪に紫の瞳のその少女は、体の内側に膨大な魔力を秘めていることが、この黒い瞳にはわかった。彼女が触れると、川の流れに身を委ねたかのように自分の魔力も上手に流れた。コントロールしよう、抑えよう、と意識していたこれまでの痛みが嘘のように消え、差し出されたスープも美味しくて、ポロポロと涙が溢れた。


 しかし部屋に入ってきた別の少女に


「その子から離れてーー目が、黒いよ!」

 そう言われて……

 あぁ、結局ここも追い出されるのかーー

 そう思った時、


「この子、行き倒れてたよ? こんなに弱い魔族がいるーー?」

「ーーそれに、この目の色、私好きだよ」


 気味悪がられることはあっても、そんな風に言われたのは初めてだった。行くところがない、と伝えるとグレースにここにいていいと言われ、涙が止まらなかった。

 浴場へ連れられると“水魔法と光魔法が少し得意”だと言う。しかし彼女からは、ほとんどの属性が使えるのだと本能でわかる。


 なぜ嘘をつくんだろう?


 そうこう考えている内に素っ裸にされて、見慣れているから大丈夫と訳のわからないことを言われても恥ずかしかったーー


 名前を、聞かれて“ウィミリオン”と答えたはずが、聞き間違えたのか“ミリオン”になってしまった。どちらでもいい。

 長い、クセもある髪を何度も洗われ、後ろで一つに纏めると水を絞られる。

「わ! キミかわいいね! 絶対前髪分けた方がいいよ」


 そう言った少女の笑顔が、いきいきとまるで輝いて見えた。



 夜になると、夜行性の魔族の習性故か昼間以上に魔力が暴れ出す。ついさっきまで、意識しなくても流れていたのに……暴れ出した魔力に必死に耐えていると、ロシュがどうしたのかとそっと手を添えてきた。

 彼女が触れると、淀みなく巡る力に影響され自分の魔力も安定した。人の寝息を聞くとつられて眠くなるみたいに……大きな魔力の巡らせ方につられるようだった。

 夜中の食堂で一緒にミルクを飲む。これまでどうしていたのかと聞かれたり、孤児院のことや、色々話した。

 彼女は、人を害する魔族が怖いらしい。自分は半分は人間だ。一度孤児院を吹き飛ばしてしまったことはあるが故意ではない。決して魔族みたいな、そんなことはしないと心に誓う。


 ロシュと一緒に眠ると、自分の中の魔力も淀み無く巡りスッキリと朝を迎えることができた。


「こっちくんなよな!」


 孤児院ではいじめがあった。目を気味悪がったヘンリーや他の子供達に、近寄るなと言われるのは日常茶飯事、土をかけられたりキッチンに閉じ込められたり……もっとも、キッチンが使えないと困るのはヘンリー達だったが、髪を掴まれて結った根本からバッサリ切られた時は一番腹がたった。


 ロシュが毎朝綺麗に結ってくれる髪ーー。


 しかし髪が切られると、今度はロシュが定期的に整えてくれるようになった。切り終えると必ず「かっこいい」や「かわいい」と言ってくれる。新しい髪型が好きになった。


 押されて転んで擦りむいて……たいした痛みでもないが、涙を流せば、ロシュがいつも近くにいてくれる。


 本当は、ヘンリーくらいどうとでも出来る。ただ、弱くて泣き虫のふりをした方がみんな怖がらない。それに、彼女の隣にいるためにとわかった。


 ロシュは時々一人きりで何処かへ出かけることがあった。

「町にあそびに行ってくるね!」


 そう言って帰ってくると、いつも髪から魔法の気配がした。どこかの通りでうずくまっていた頃“魔法のヘアサロン”という、髪に魔法をかけて一定期間色を変えてくれる店があると聞こえてきたことがある。目の色は変えられないのかと、人に尋ねたりもしたのでよく覚えていた。

 ロシュも髪の色を変えているのかな、誰よりも美しい彼女には元がどんな色だったとしてもきっと似合うことだろう。


 彼女が留守の間に魔法の練習をした。最初は上手く魔法が発動できず、ロシュが魔法を使う度にじっと力の流し方を観察した。

 少しずつ、少しずつ、木への切り込みが深くなり、

 やがて俺の膨大な闇の魔力は、木を一瞬で切り倒すことができるようになった。魔力を使うと体がスッキリする。これも練習を始めてから発見した。倒した木は粉々の木の棒にして持ち帰れば、薪に使えるとみんなに喜ばれた。


 ある夜、いつものようにロシュにくっついて眠っていると


“ノア……大好きーー幸せになって……“


 そんな寝言が聞こえた。ノアとは何だろう。

 大好きとは何だろう。

 何度か寝言を聞くうちに、それは人の名前だとわかった。孤児院にそんな名前の子供はいない。打ち解けてきた他の子供達に聞いても、孤児院を出て行った子供の中にもいないと言う。


 “大好き”についても学んでいった。お気に入りが好きになって、好きがいっぱいになると大好き。

 美味しいお肉は大好き。夜ロシュと一緒に眠るのも大好き。川で遊ぶのも大好き。

 大好きは大切で、手放せないものーー


 ロシュは、ノアが大好きなんだ……。

 胸のあたりがチクリと痛む。

 おれのことはーー?

「ねぇロシュ……ぼくのこと好き? 大切?」

「んー? 当たり前じゃない! ミリオンのこと好きだよ! 大切!」


 恥ずかしいが胸がいっぱいになった。

 魔力を意識しなくても扱えるようになったからか、ある日唐突に、もう大人の体になれることを悟った。しかしロシュに好きでいてもらうために、小さな体を維持した。


 夜改めてロシュに抱きしめられながら眠ると、むず痒いような、身体が熱いような、食事をして腹が満たされるのと同じように胸がいっぱいになるのを感じた。


 ロシュの布団に潜り込んで先に寝たふりをした日は「おやすみ」っとおでこにキスがふってきた。その時間も大好きだったけど、起きているのは絶対内緒だーー。



 リズもマルセルも優しかったが、遊ぶ時間も、炊事や掃除のお手伝いの時間も、いつもロシュと一緒に過ごした。


 そうして過ごしたある日、最年長のリズが“独り立ち”するんだと言う。初めての行事に何かと尋ねると、14歳になるとみんなこの孤児院を出ていくんだと言うではないか。

 ロシュも、2年後には出ていくと言うーーそんな!


「ロシュと離れるなんてーーぼく嫌だよ! 」


 そう言うとドッと笑われ、

“結婚するしかない”

“泣き虫では側にいられない”

“お金と甲斐性が必要”

だとみんなから教えられた。

 ロシュはミリオンぼくが好きで大切なのに、出て行っちゃうんだ……。

 目の前が真っ暗になった。変わらなきゃ、そう思った。


 どうすればお金も“甲斐性”とやらも手に入るのか、グレースと町に行った時に大人達に聞いてみた。

「やっぱり俺たちみたいな庶民は、商いをするか、職人になるか、冒険者かなーー」

「おいおい、冒険者になるような実力があれば、騎士が一番だろう! 王国の騎士団は実力さえあれば入れるらしいぞーー」

「ははは! 王国騎士団か! そうなりゃ、金も甲斐性もバッチリだな! 」


 そんなの夢物語だが、と大人は付け足した。

 王国騎士……



ーーーーーーーー


 それから2年ーー孤児院では不自然でない程度に身体を成長させ、騎士になるべく早朝走りこむ等トレーニングもした。

「ぼくも、ロシュの独り立ちに一緒に行くーー!」

 何度も一緒に行きたいと伝えたがダメだった。思い詰めた表情は、何か事情があるようだった。



 ロシュが孤児院を出る日には、俺も孤児院を出ようと決めたーー。

 早くお金と甲斐性を手に入れ、ロシュを迎えにいくーーそう決めた。

 ロシュにはこっそり、闇魔法で位置のわかる印をつけた。ある程度近づかないと感知できないが、無いよりは役に立つだろう。


 ロシュが孤児院を出た日、孤児院のみんなからおれの記憶とここにいた痕跡を消す。もらった金貨を握り締め、これから王都で騎士を目指すーー。


 俺が半魔だとバレれば、万が一処罰などあれば、みんなに迷惑がかかるかもしれないからーー。

 ロシュには印もつけたし手紙を見なくてもきっと見つけられるだろう。


「さよなら……今までありがとう」


 この孤児院も、俺にとっては大切な場所になっていた。例え、みんなが覚えていなくても俺が覚えているからそれでいいーー


ーーーーーー

 

 王都では年に一度大会が開催されていて、腕に自信のあるものなら出自は問わず参加できるというーー。剣でも魔法でも参加は自由で、優勝者は王国騎士団ーー又は魔法師団に入れるという。間に合うように王都を目指した。


 俺はロシェに整えてもらった左右に分けていた前髪をおろし、体は成体まで成長させ、目元がわかりにくいようにして出場した。剣撃に見せかけて闇魔術で斬撃を繰り出し、順調に勝ち進み、最初は歓声が上がっていた場内も、圧勝する頃には騒然となっていた。

 黒い瞳ーー


「貴殿……剣撃の直前に魔術を使っているだろうーー」

「その目! まさか魔族!!」

「人に紛れ込むとは……さては王の命が狙いか! 取り押さえろ!」

「ーーちがっーー! 俺は王国騎士団に入りたくてーー」


 ーーいくら髪で目を隠しても、剣撃に見せかけても、見る人が見ればわかり、投獄された。あまりにも稚拙で浅はかな考えだった。


「人に紛れ込んで大会に出場して……何が目的だ! 」


 尋問にも、きつい拷問にも、一切反抗をしなかった。

 半魔であること、魔力と黒い瞳はあるが魔族とは関わりがないーーむしろ功績がもらえるなら討伐に加わりたいこと、大切な人間の女性がいてその人と平和に暮らしたいことを訴え続けた。牙を出さなければ害のない人間であることを示せるーーとヘンリー達の時に学んだからである。

 魔力が爆発しそうだった頃に比べると、耐えられるものだった。


「実力は、大会で見せているーー。その気になれば、こんな拘束もお前も、一瞬で消し飛ばすことができるーー。どうか上の者に取り継いでもらいたい。俺の能力は、きっと魔族討伐に役に立つ」


 そうしているうちに、王太子だと名乗る人物が話を聞きに来て、自分を部下にしたいと言う。稀少な忠誠の魔術紙を使って反旗を翻せないようにはされたが、俺と俺の大切な人に手を出さないという条約の下王太子への忠誠を誓った。

 しかし王太子の側に黒い瞳のものがいるとよからぬ噂の原因となる。

 瞳の色は変えられないが、闇魔法で黒い、目隠しに見えるように擬装し目元を覆う術を編み出した。自分の魔法だから向こう側を問題なく見ることができる。

 ウィミリオンは長すぎる、といつの間にか王太子からはウィンと呼ばれるようになった。


ーーーーーー



 王太子の護衛で魔法学園へ通うようになった。

 聖女とやらが現れたものの、魔族を討伐しに行く前に勉強をし世界の理解を深め、能力を高めるんだとかーー


 功績も上げられぬまま生ぬるい生活を送っていたある日、王太子が溺愛する聖女に近寄る“ノア”と言う下級生が現れた。赤い髪をした公爵家の長男のその名前は、ロシュが寝言で言っていた……。

 しかし王都へ出て2年、俺も世の中には同じ名前が沢山あると言うことを学んでいる。ロシュが公爵家と関わりがあるはずもないし、同名の他人だろうと考えるもーー


 周りをうろつかれると護衛としてはどうも気になるーー! そもそも王太子の想い人にちょっかいを出すなどどういう神経なんだ。聖女も聖女で、誰にでも良い顔をする様になんとも辟易した。


「ウィン卿! いつも護衛お疲れ様! 殿下が来るまで少し私とお話ししない? 」

「私のようなものが恐れ多い。任務中です。ご遠慮させていただきます」


 ーー無理。


 殿下に、聖女の護衛を命じられ側に控えていると、そう声をかけられることがあった。

 そもそも半分魔族の血が流れる体は、強い光の気配に大いに拒絶反応を示しーー必要以上に近寄りたくない。“異世界から召喚した聖女“と言われるだけのことはあり、ロシュと自分以外にこれ程の力を感じたのははじめてだった。

 ーーあぁ、ロシュに会いたい。


 後何年この無意味な学園生活護衛が続くのだろう、ロシュを迎えに行けるのはいつになるのかと途方に暮れたーー。

 もしこの間にロシュが“大好きなノア”とやらに再会して結婚でもしたりしたらーーそいつを抹消してやる。


 ところがそんな考えは、思いもよらぬところで打ち砕かれる。

 ノアの異父姉だというビビアン公爵令嬢が、聖女を害し取り巻きを使って嫌がらせ、終いには貧弱な魔力だったが魔法攻撃まで仕掛け、それをノアが防御壁を張って回避したーーその際唐突に悟った。


 血縁だーー! ビビアンからは感じなかったが、目の前で使われたノアの魔法からは忘れるわけがないロシュと同じ気配が感じられ、それは学園で数多みてきた兄弟の繋がりとよく似ていた。


 ロシュは、ノアの姉なのだろうーーそう気付けば、ロシュが定期的に髪を染めに行っていたのにも合点が行く。

 ジョアンヴィ公爵とノアの他所ではみたことのない燃える様な赤い髪ーー


 ノアに、声をかけたことがある。


「ノア様とビビアン様は、魔力の気配も振る舞いも、まるで違い不思議ですね。失礼ですが、公爵家には歴代最高の魔力を持つご令嬢がいると聞いたことがありましたがーー」


「私にはもう一人姉がいました。ルイーズ姉上は、ジョアンヴィ公爵家歴代においても類稀なる魔力の持ち主だったそうです。しかしその魔力故、先代の公爵夫人は命を落とされ……。私の母上がビビアン姉上を連れて後妻に入ったのです。幼かった私には記憶にないのですがーー異母弟の私のことをとても可愛がってくださっていたと、使用人達から聞いたことがあります。父上が何年も捜索しましたが見つからず……」


「でもきっと、ルイーズ姉上は生きてどこかで幸せに暮らしていると信じています」


 ノアの瞳の色はピンク色をしていたが、王太子の護衛をしていて遭遇したジョアンヴィ公爵は紫色の瞳だった。

 きっとロシュには偽名を使ってまで公爵家を出たい理由が、孤児院を出た後も戻れない何かがあったのだろうーー。

 調べてみるか。


 護衛の傍ら、ロシュが大事に思っていた弟ノアを守らなければと考える様になり、ビビアン公爵令嬢が聖女を毒殺しようと画策している事に気付いた時も事前に諌めた。

 「まぁ……ウィン卿、わたくしのためにーー!」


 以来ビビアンは聖女にこれまでの悪事を謝罪し、ノアには義姉と和解したと感謝され、何故かビビアンと至る所で“偶然”出くわすことが増えた。

 ロシュの家族だ、貴族女性の相手は面倒だったが無下にはしない。


 王太子やノアの助言もあり魔族討伐の旅に同行することが叶い、功績を上げると共に自分の身の潔白も証明することができた。魔力が多いとは言っても、半魔の自分と違って本物の魔族、それも幹部は格が違った。流石に聖女がいなければ厳しい戦いだったと思う。


 王国に戻ると功績の大きさから爵位を賜り、報奨金も沢山賜った。これでお金と甲斐性とやらは備わっただろう。ロシュを探しに旅をするついでに、騎士団を率いて手負いの魔族を退治して回った。

 ロシュにつけた印がまだ消されていなければ、小さな街くらいなら気配を感知することができるーー。

 そう、望みをかけるもこれが中々見つからないーー。


 ロシュが孤児院を出て行ったあの日、自分が王都で騎士になれば良いと思っていたあの日ーー

 世の中がこんなに広いと知っていればーー


 絶対にロシュを一人で行かせたりしなかったのに。

 無知だった自分が悔やまれるーー

 出会った頃の自分をロシュは6歳だと思ったようだが、実際は生を受けてから3年程だったろうか。魔族は本来産まれた瞬間大人程の体格になるというが、半分人間であったために子供の状態で一度成長が止まった。

 魔族のことは、何故か最初から知っていた。しかし人間としては頭の中身は幼いが故、世の中のことを知らなさすぎた。

 孤児院を転々として、沢山の人がいることはぼんやり見えていたのに、このくらいなら見つかると思っていたのだーー。


 何億人…何十億人だろうか、数多の中から一人を見つけ出すことが、こんなにも困難だなんて聞いていない。

 それでも、王都から始まり街から町を巡り、国の末端を巡りーー聞き込みと称してマダムグレースの孤児院へも立ち寄った。一度消した記憶を戻すことはできないが……孤児院へ行くとホッとした。


 すっかり寝たきりになったグレースを、残された孤児たちが協力して面倒をみていた。大金を寄付する孤児院出身の者がいて生活は潤っている様だった。

 お喋りが好きな子供達が、その孤児院出身の大金を寄付する者はシーサイド国で事業をしていると話してくれた。きっと、ロシュのことだと思った。孤児院を去る前、俺にも金貨を持たせてくれたーー。

 そうか、公爵家出身だからーー正体を隠している彼女は国外へ行ったのか。



 待っててロシューー今、迎えに行くからね。



 シーサイド国へ向かう途中魔族を討伐しながら海辺に着くと、僅かに印の気配を感じる。

 騎士団の面々がシーサイド国へ着いたら絶対に寄りたいと騒いでいる、“最近人気の湯屋”へ近づくとその気配は一層濃くなった。

 いきなり騎士たちを引き連れて店に入るのは、この手の店には迷惑だろう

 そう言って一人で扉を開けるとーーーー



「ロシューー?」



 あぁーーやっと会えたーー


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