第3話 自由意志

「藩校なんてやめちゃえばいいんですよ」彼女は微笑して言った。普通に考えたらやめていいわけがない。


「でもさ、藩校中退なんてお先真っ暗にならない? ほら、士農工商とかいう概念あるじゃん? それに組み込まれないと」保経七郎は反論した。


「やめたら私が養ってあげます」彼女は言った。


「ほう」


 保経七郎は藩校を辞めることを決心した。どうやらお先は光り輝いているようだ。


「具体的にどんな感じで養ってくれるの?」この流れを逃してはいけない。一気呵成だ。具体的に条件を詰めていく。


「養うってことは、保経七郎さんの所有権が私のところに来るってことです。なのでまあ、煮るなり焼くなり、首輪をつけるなり、私の匙加減になりますね」千鶴は言った。

 

「首輪」保経七郎は言った。首輪とはあの首輪のことだろうか。


「それってつまりは自由が無いってこと?」保経七郎は聞いた。


「自由? あるわけないじゃないですか。いつの時代の概念ですかそれ」彼女は言った。


「うーん」保経七郎は言った。江戸時代には自由って概念はなかったか。


「どうするんですか? 私の奴隷になるのか、ならないのか、今決めてください」彼女は言った。奴隷という言葉が聞こえた気がするが、気のせいだろうと保経七郎は信じた。



 しかし、さすがにここは断るべきだろうと保経七郎は思った。いくらなんでも自由が無いというのは。もっといい条件がこの世にはあるはずだ。



保経七郎はチラリと千鶴を見た。


「よろしくお願いします」保経七郎は言った。


 彼女の白く透き通った肌、着物の上からでもわかる胸の大きな膨らみ、そして彼女の蠱惑的な大きな瞳をみて、人間に自由意志などないのだなと、保経七郎は思った。


 彼女の前で「イエス」の返答をするのは、拳銃を突きつけられて手を挙げると同様に必然のものだった。


「決まりですね。じゃあまた連絡しますので」千鶴は去っていった。


 なんだな妙な展開になってしまったと保経七郎は思った。これでいいのだろうか。養ってくれるという話の流れのはずだったが着地は随分違っていた。兎にも角にも、蕨太郎に報告しようと保経七郎は身支度を整え部屋を出た。

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