第4話



「紺~~~~!」



 遠くから声が聞こえる。

 ブンブンと手を振りながら、近寄ってくる姿はまるで、元気いっぱいの子供だ。



「夢は見つかったか」

「見つけられるわよ! ……ただ、大きさを欲張りそうになるだけで」



 二人の元に辿り着くと、肩で息をしている。

 その姿を見た紺は労わることもなく、やっとか、とばかりに声をかけた。

 バカにされたように聞こえたのか、雪はキッと睨み返す。けれど、急に弱腰になり、視線を逸らした。


 その理由は誘惑に負けそうになったから、らしい。



「おい……今日は抑えめにする日だろ」

「分かってるわよ! だから、ちゃんと小さい夢を探してきたんじゃない」

「ほんに、おぬしらは仲がいいな」



 タジタジになる彼女に呆れるのも無理はない。約束をして探しに行ったのに揺らいでいるのだから。

 正論を突き付けられれば、押し黙ってしまいそうだが、雪はそんなたまじゃない。


 カチンッ、ときて、眉根を吊り上げて反論する。偉そうに腕を組んでいる姿は威張っているように見えた。

 でも、これは喧嘩でも、言い合いでもない。彼らにとって普通の会話だ。


 それが分かっているからか、菫はどうしようもないと、深いため息をつく。

 けれど、見つめる瞳は嫌なモノじゃなく、慈愛が見え隠れしていた。



「……菫姉すみれねえ、どうかしたの?」

「さあ?」



 いつもなら、冷たく淡々と切り捨てる彼女が、優しい。

 違和感を覚えるその表情に雪は眉間にシワを寄せた。

 紺にこっそり、耳打ちして聞いてみるものの、彼もまた理由が分からない。



「喰いに行くのであろう。さっさと行け。夜が明けては喰えなくなるぞ」

「そうだった! 早く行きましょ!」

「せっかちは相変わらずだな」



 表情や感情がコロコロと変わる雪とそれにたいして特に面倒くささを感じていない紺も息がぴったりだ。

 見ていて飽きない、という思いが湧く。けれど、それもおしまいだ。

 月が下がっていっているのが東屋からも見える。だからこそ、二人を急かした。


 助言にハッとして、彼女は慌てたように東屋から離れていく。

 落ち着きがないツイに思わず、感心してしまうのだろう。

 彼は呆然と、どんどん離れていく姿を呆然と見つめた。



「…………紺」



 雪を見ているその後ろ姿に、もうこの世にいないツイの姿が重なる。けれど、それは幻覚で非現実だ。

 菫は目を閉じてかぶりを振ると静かに呼びかける。



「……」

「…………ありがとう」



 菫が呼ぶ時は、必ずその人の特徴的な色だ。決して名前を呼ばない。

 なのにも関わらず、自分の名前が聞こえたことに驚いた。いや、驚かずにはいられない。

 これでもか、というほど目を大きく開き、後ろを振り返ると柔らかく微笑んでいた。


 それは神秘的で、幻想的に感じたが、彼女から聞いたこともない一言に現実に引き戻される。



「また話聞かせてよ」

「気が向いたらな」



 ふ、と息を零して唇を弓にさせる紺に菫は鼻で笑った。

 あの一瞬は何だったんだろう、と思わせるほど、いつも通りの飄々とした彼女だ。



「――……!」

「ああ! 今行く!」



 遠くから雪の催促が聞こえてくる。これ以上待たせたら、また文句を言われるかもしれない。

 腹から声を出し、対に返事をするとペコっと、菫に頭を下げて軽く、走り出した。



「……のう、紫苑」



 どんどん遠ざかっていく弟妹ていまい分の背を懐かしく見つめながら、ぽつりと呟く。

 この二百年近く、決して呼ぶことのなかった名を口にすると、やっぱり込み上げてくるのは悲しさと、切なさと、寂しさ。

 今までは見ないフリをしてきた、その感情が妙に味わえた。



「おぬしも彼奴あやつと同じ思いで……、生かしてくれたのか……?」



 川のせせらぎに、耳を傾けて目を閉じて問うけれど、誰も返事をすることはない。

 この場にいるのは菫、ただ一人だから当然だ。

 でも、不思議なことにまるで返事をするように、風が優しく彼女の頬を撫でたのだった。


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あなたの夢、いただきます 水月蓮葵 @Waterdrag0n

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