第14話



(仕方なく来たけど、俺だって女子会に突っ込むのは苦手なんだよ)



 両手をズボンのポケットに突っ込み、ムッとした顔をして心の中で吐露すると見えてくるのは、川の近くにある東屋。

 五色の特徴を持つ女性たちが優雅にお茶を楽しんでいるのが、遠くからでも見て取れた。


 頼りない年上と甘えてくる年下に挟まれ、気分は下がっているのか、そこに向かう足音は乱雑だ。



「――この間ね、人間の恋人たちが路地裏でキスしてるの見かけちゃってドキドキしちゃった」

「その子たち、やるわね」

「まったく、場所も選ばないとはな」



 まるで少女のようにかわいらしく笑う若葉はキャッ、と恥ずかしそうに口元を手で隠す。

 彼女の話に食いつく紅緒はニヤリ、と笑ってこの場にいない誰とも知らない人間たちに賞賛を送ると菫は鼻で笑って紅茶を飲んだ。



「でも、路地裏ってことは一応隠れてるつもりなんじゃないスか?」

「そもそもなんでそこでするのよ」

「もー、雪ちゃんったら分かってないわね~」

「雪センパイって、恋愛苦手ッスね~」



 菜名もまたお年頃なのか、興味津々らしい。

 身を乗り出して目を輝かせたが、雪は眉を八の字にさせて紅茶に口を付ける。


 人に見られるかもしれない可能性を考えたら、そこでするべきではない、と思っているのだろう。

 キャッキャと言っている女性陣の枠に入れなくてつまらなさそうだ。恋する気持ちを理解できない彼女に若葉は面白半分で頬をつつく。

 年下であるはずの菜名にまでからかわれる始末で、面白くない。頬を膨らませてそっぽ向いた。



(こーいう会話してるとこに突っ込むのは苦手なんだよ)



 だんだんと近づいて聞こえてくるのは紺が苦手とする恋バナ。

 男共から逃げられても結局、此処でも聞かなきゃならないことにため息が出る。

 ワシャワシャ、と髪をかいてどうやって声をかけるか、と悩んでいるとバチッ、と藤色の目と合った。



「……どうした、青いの」

「え?」

「お前じゃない。お前のツイの方だ」



 カチャッ、とティーカップを置いて声をかけるとビクッと反応したのは雪。

 独特な呼び方でこの場にいる青は自分だけだと思ってたからこそ、反応したのだろうが、菫が声をかけたのは彼女じゃない。

 少し距離はあるが、菫の目の前にいる彼だ。クイッと顎を上げて言うそれに四人は視線をそちらに向けるとそこには深い青が特徴的な青年が立っていた。

 別に蛇に睨まれたわけじゃないが、一斉に視線を集めるとびっくりするのは自然の摂理だろう。パチパチ、と瞬きをする。



「あら、紺くん。いらっしゃーい」

「楽しそうなとこ悪いんだけど、空見てもらっていい?」

「あら……」

「まあ……」



 ひらり、と手を振る若葉にペコッと頭を下げる紺はぎこちなく笑って空を指差した。

 誘導されるがまま、見上げる彼女たちの目に映る空は暗い。真っ暗だ。その中で微かに瞬く光と大きく真ん丸な月が淡く柔らかく照らす。

 まさか、そんなに時間が経っていると思わなかったのかもしれない。各々、驚いた声を漏らした。



「真っ暗ッスね」

「え、もうそんな時間?」

「それは悪かったな」



 あちゃー、と頬をポリポリとかく菜名に紅緒は持っていた海中時計をポケットから取り出して時間を見る。

 もう十二時まであと二十分切っている。


 これから自分たちの管轄に戻って夢を喰うにしても、切り上げなければいけない時間になってることに女性たちは慌て始めた。

 慌てて茶器や食べ終わったお菓子を片付ける中、菫は眉根を下げて申し訳なさそうに言う。



「代表で行けって、言われただけだから別に」



 謝罪は求めていなかったのか、紺は肩を竦めて素っ気なく返した。けれど、彼の言い方があまりよろしくない。

 そろそろ迎えに来たのは事実だけれど、急かせとは誰にも言われていない。



「言ったのは翠くんかしら」

「それか朱里のどっちかでしょうね」

「そういうのは後輩の役目ッスよ! 陽にさせればいいのに」

「んなこと言われてもな」



 若葉は頬に手を添えて首を傾げると紅緒もまた呆れた顔をした。菜名に限ってはプンプン、と怒っている。

 腰に手を添えて、ビシッと指差して注意した。それも先輩にたいする態度ではないのだが、紺は気にしていないのだろう。肩を竦めて笑う。



「…………お前ら、さっさとツイの元に帰ってやれ」

「菫ちゃん」



 ワチャワチャと囲まれている紺を見て、ふっと笑みが零れた。

 それに気が付いて自嘲すると菫は深く息を吸い込み、彼を囲む彼女たちに声をかける。

 でも、それが彼女なりの気づかいだと、分かっているのか、若葉は眉根を寄せてぽつりと呟く。



「青いのが使いに出されたってことは待ちくたびれてるんだろう?」

「まあ、……そういう感じ」

「さっさと行ってやれ」



 テーブルに肘を付いて手を組むとその上に顎を乗せてチラリ、と視線を紺に向けた。

 的確な推測に、ふっと笑って頷くと彼女はシッシッ、と追っ払うような手振りまでする。



「そうね……じゃあ、また話しましょう」

「ふふ、またやりましょうね」

「またお菓子集めておくッス!」



 グダグダして朝を迎えて夢を喰わずに終わるのは良くないのは分かっているのだろう。

 ふぅ、と肩で息を吐く紅緒は話をまとめると若葉はニコニコと微笑んだ。

 次があると聞いてルンルンしているのか、菜名は両の手で拳を作り、やる気を見せると三人はスタスタと、紺が来た道をたどるように歩き始める。



「菫さんは?」

「ん? ……ああ、ツイはシャイだからお前らがいなくなったのを見計らってくるだろうよ」

「一人で大丈夫?」



 あっさりした女子会の終わり方に、呆けていると腰を上げない菫が気になる。

 不思議そうに声をかけてみたが、ボーっとしていたのか、彼女の反応が少し遅れた。


 取り繕った笑みを浮かべられると違和感を覚え、眉間にシワが寄る。

 でも、そんなことに気づいていない雪は心配そうに彼女に近寄ってた。



「……当たり前だ。心配いらない」

「そう……じゃあ、また」

「ああ、またな」



 純粋で無垢なだけで気遣いが出来ない子じゃない。

 それを目の当たりに出来たことが嬉しかったのかもしれない。先ほどとは違う柔らかい表情をして頷いた。

 その返事にほっとしたのか、ひらっと手を振ると同じように返される。



「……」

「あ、おい。雪! ったく……」



 紺とバチッ、と目が合って気まずいのか、雪はビクッと身体を強張らせると早歩きで先を行った。

 何もしてないのに、その反応をされるとは思っていなかったらしい。

 相変わらず、理解出来ないツイの行動に困ったように眉を八の字にさせるとその後を追いかける。



「…………」



 どんどん小さくなっていく二人の背中を見つめる目は懐かしそうで、寂しげだ。

 もう少し見守れば、その後ろ姿も見えなくなる。東屋にいるのは菫、一人。近くに流れる川の音だけが響いた。

 皆がいなくなれば、現れると言っていたツイは未だに現れることはない。



「大事にしろよ、……お前はのようになるな――」



 艶やかで桜色の紅が乗る唇が薄く開くと今にも泣きそうで、苦しそうな声で。そう、呟いたのだった。


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