第12話



「……」



 夜も更け、月がてっぺんに登っている。でも、足りない。

 何が、と問われれば、ツイがいないというだけの話だが。


 この河川敷にいるのは四人の男達。

 その先へ行けば、ツイに会うことは叶うだろうが、誰もそうすることはない。

 ただ、女子会が終了するのを待っている。



「――へっくしゅ!」

「……風邪?」



 近くで流れる川の音を聞き、ボーっと月を眺めていたら、鼻がムズムズとした感覚がする。

 ピクピク、と眉が動き、我慢が出来なくなってくしゃみが出た。


 金色の髪がふわっと動く。首元まで隠れる黄色のパーカー半袖に身を包む少年。

 彼は鼻を摩っている紺の顔を心配そうに覗き込んだ。真ん丸とした黄色の大きなたれ目が、夜のような青と交わる。



よう……バクが風邪引くとか聞いたことないだろ」

「……朱里しゅりさん、どうなの?」

「オレも聞いたことないわ」



 陽の心配は紺にとっておおげさらしい。ふっ、と笑う紺はくしゃくしゃと頭を撫でる。

 そのやり取りはまるで兄弟のようだ。でも、髪形を乱されたのは不服なのか、眉間にシワを寄せると撫でる手を退かす。

 髪を整えながら、目の前に立っている男性に答えを求めた。


 彼は赤髪を揺らしながら、手を軽く横に振ってヘラッと笑う。

 紺と朱里が言うには夢喰いバクは風邪を引くということはないらしい。



「きっと彼女たちが紺のことを話してるんじゃないかな?」

「何で俺の話が出るんだよ……」



 ほら見ろ、と黄色の少年に目をやる紺だったが、壁に寄りかかっていた人物は二人を見かねたのか、会話に加わった。

 センター分けされた前髪と外跳ねしている髪が特徴的で、高身長ゆえに、スモークグリーンのYシャツに、黒のロングコートを着こなしている。しかし、窮屈なのが苦手なのか、ベストは前を開けたままだ。


 柔らかく微笑むその顔がなんとなく、胡散臭く感じているのかもしれない。

 紺はジト目で、その理由を求める。話題に上がる意味が理解できないようだ。



「毎回、私たちの話題は出てるらしいからね」

「ふーん」

「……なんですいさん知ってるの?」

「それはもちろん私のレディから聞いてるからだよ」



 拗ねた子供のように見えるのか、幼い紺の面倒を見ていたことを思い出したのか、自然と口角が上がる。

 理解はできても、納得できていないのか、生返事する紺の隣で陽がきょとんとしていた。パチパチ、と瞬きする。


 女子会というくらいだ。女子だけの秘密の話をしているからこそ、男性陣が呼ばれていないはずなのに、何故そうも詳しいのか不思議に思ったらしい。

 翠は悪びれることもなく、肩を竦めるとウインクした。



「……よくやるな」

「聞いてて恥ずかしくなる」

「ん? 朱里さんとこだってツガイだろ?」



 この区域にいる夢喰いバクなら、誰もが知っている。翠がフェミニストだということを。

 端麗な顔立ちだからこそ、似合うその仕草だ。でも、それを自分ら男に向けられるとなると興ざめだ。

 陽はあまり気にしていないみたいだが、朱里と紺は顔を青ざめてる、というより、鳥肌が立っている。


 冷たい目を彼に向けて各々本音を零すが、朱里の言い分はいまいち腑に落ちないらしい。

 眉を顰めると朱里に質問を投げかけた。



ツガイだからってアレを見本にされちゃあ、たまったもんじゃない」

「……あれ、紺さんとこってツガイじゃないの?」

ツイだよ。なんでツガイだと思ってんだ」



 否定しない辺り、朱里にはツガイのバクがいるらしい。けれど、皆が皆、翠のように扱っているかと言われれば、違うみたいだ。

 困ったように眉を八の字にさせると呆れたようにため息を付く。


 この会話で、またひとつ疑問が生じたのか、みんなより背の低い陽は紺の顔を覗き込んでジッと見つめた。

 もしかしたら、長い歳月を共にしていたら、ツイからツガイになることの方が多いのかもしれない。けれど、問いかけは驚きを隠せないのか、紺はギョッとした顔をする。


 ブンブン、と顔を横に振ると眉間にシワを寄せた。

 ツイとの関係がツガイと思われることが嫌そうにも見える。否、嫌なのだろう、きっと。



「なんとなく?」

「なんだよ、それ」



 陽は直感的に感じたものをそのまま口に出しただけなのかもしれない。

 それは抽象的で、感覚的なものだから、本人も分からずにいるのか、小首をひねっている。

 話を振ってきた割に曖昧にしか答えられない弟分にふぅ、とため息が出た。



「……にしても、女子会ってやっぱ長いな」



 そんな年下二人のやり取りを他所に朱里は待ち遠しそうにする。

 女子は会話に花を咲かすと長い、ということか。それにしては彼女たちが切り上げるのが遅いからと言って別に苛立った様子はない。つまり、ただ思ったことをそのまま言っただけだろう。



「楽しんでいるんだから、いいことじゃないか」

「っていってもな……」

「……もう、そろそろ動かないとご飯食べる時間が」



 恐らく、他の三人も同じことは思ってるのか、否定はしない。翠はそれでも、女性の肩を持つのか、ニコニコ笑って流す。

 たしかに彼の言うとおり、楽しく時を過ごすことはいい事だ。それは彼らも分かっている。けれど、女子会を始めたのは昼間だ。

 それから何時間経っているというと十時間は経過している。


 それが意味しているのはあと数十分で日付が変わってしまうということ。

 夢を狩る時間が減ってしまうことになるのだ。流石にそれは宜しくない。

 紺は眉を寄せると陽はお腹をさすりながら、ぽつりと呟く。



「女子会の日はこうだから、もう諦めろ」

「まあ、待つのも楽しみだよ」

「……楽しみ、ね」



 年上二人はもう何百年と体験してきてるから悟りの境地に立っているのか、ヘラッと笑った。

 翠に至ってはポジティブな考え方を伝授している。


 夢喰いバクとして生まれて、二十五年。ツイと共に行動するようになって二十年。

 つまり、二十年は女子会を待つ、という経験をしてきたが、未だにその境地にいけていない。

 いや、楽しむことを覚えたくもないのか、紺は鼻で笑った。



「…………ねえ、紺さん」

「ん?」



 陽はキョロキョロとあたりを見渡し、何かを探しているようにも見える。けれど、見つからない。

 隣にいる紺の服をツンツン、と引っ張って呼びかけると夜と同じ青色とかち合った。



「菫さんのツイって会ったことある?」

「俺はない」

「じゃあ、……朱里さんと翠さんは?」



 ほんの些細な質問、だった。純粋に思ったことを聞く。でも、空気は一瞬、ひんやりした。

 それに年下二人は気付くことはない。聞かれたことに紺が首を横に振るとその疑問は年上二人へと向かった。



「……」

「オレたちは同期だから知ってるよ」



 先程までにこやかに話していた翠が静かになると朱里がヘラッと笑って答えた。



「どんな人なの?」

「どんな、か……」



 未だに会ったことがない身としては興味がそそられるのだろう。

 ツイを待つ暇つぶしに目を輝かして首を傾げれば、朱里は眉根を寄せる。

 思考を巡らしているとも、言葉をまとめようとしているとも取れるその表情はなんだか複雑だ。



「――物静かで風みたいな人だったよ」



 悩ましそうにしているその隣から、ポツリと答えが返ってくる。

 それを言う翠の表情は髪に隠れていて見えない。

 視線が集中しているのが、肌で感じるのだろう。伏せていた顔をゆっくり上げると柔らかく微笑んだ。



「へえ……」

「…………だった?」

「あー、いつの頃からか顔を出さなくなったんだよ」

「何で?」



 教えてもらった特徴で菫と並んでいる姿を想像しようと上目遣いで空を見上げる。

 でも、うまくそれが出来ないのか、眉根を寄せてた。

 それはそうだろう。物静かで風みたい、というだけの情報で想像が膨らむ方がおかしい。


 そんな陽を他所に、紺は眉を寄せた。

 言葉の違和感にすぐ気づく彼に困りものだ。

 朱里は頭をかき乱しながら、どことなく、面倒くさそうに目を細めた。


 同期なのに、どうして。そんな疑問が掻き立てられる。

 まだ年若いから何事も気になるのか、それとも陽が好奇心の塊なのか。それは分からないが、純真な目がジッと答えを待った。



「何でって……」

「菫ちゃんが言うには人見知りだって」

「……同期のアンタらにも?」



 今まで持たなかった興味を急に持ち始める年下に戸惑っているらしい。

 じわり、と汗がにじむのを感じながら、言い澱むと隣から助け舟が飛んできた。

 先程と打って変わって、翠はいつもと同じ笑みを浮かべている。


 人見知りでいつの頃から顔を出さなくなったと言っても、今まで会っていた同期にたいしてそんな振る舞いをすることがあるのか、違和感を覚えたようだ。

 最初に聞き出した陽より紺の方が興味を持っっているのが伺える。

 いや、興味というより事実が知りたいだけなのかもしれない。



「なんとか人見知りを我慢してたけど、限界が来たらしくて姿を見せなくなったんだよ」

「菫さんの前でも?」

「いや、菫の前には現れなきゃ、……アイツら生きていけないだろ」

「あ、そっか」



 翠は言葉を詰まらせることなく、スラスラと答えるそれに粗がない。

 又聞きしたかのような言い方に、陽は眉を寄せるが、それは愚門だ。

 ふぅ、と息を吐く朱里が静かに首を横に振ると悲しげに笑う。


 夢喰いバクは白と黒、二人でひとつのツイ、またツガイだ。

 片方だけで成り立つものじゃない。そこを指摘すれば、幼さを残した少年も納得した。


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