第6話
(一日一度の食事くらい、美味しいもの喰べたいじゃない!)
ぴょんぴょんと屋根の上を跳ねて飛ぶ姿はさながら、パルクールを嗜んでいる者のようだ。
ピタリ、と一つの屋根の上で止まる彼女の視線の先は、子供が走り回る公園に向けられている。
サア……と柔らかい風が吹いた。
髪がうっとうしいのか、邪魔くさそうに耳にかけると目を細める。
「
「あ! ママ~‼」
彼女の目線の先にいる女性は口元に手を添え、公園に向かって大きな声で呼びかけた。
その声に、聞き馴染みがあるのだろう。小さな男の子は振り向くとパアっと明るい表情を見せ、走り出す。
幼い子供が女性に駆け寄ると二人は手を繋ぎ笑い合っていた。
それ雪はにやりと口角を上げた。
「……みーつけた。紺のごちそ――」
そのまま舌なめずりをするが、ふと、脳裏によぎる。
――……だとして、お前は喰いすぎだ。頻度を考えろって言ってんだよ
鋭い眼光を向けた彼の姿が。
「まったく、私たちは夢を喰べるためにいるのに何であんなこと……っ、」
「こんなところにいたのね」
「え?」
思い出したくないことを思い出した。
そういわんばかりに眉間にシワを寄せてぼやけば、ふわりと風が下から上へと舞う。
コツッとヒールの音と共に聞こえてくるのは、呆れたような声だ。
唐突に降ってくるそれに顔を上げると、そこには長い黒い髪を靡かせている女性がいた。
「……同じ区域でもここら辺は私たちの縄張りなのに何でいんのよ。
「はあ……なんて態度よ…………それに私がここにいるのはアンタが忘れてるからよ」
真ん丸にさせていた目を細め、素っ気なく顔をそむける。
まるで、子供が拗ねているかのようなその仕草に女性は額に手を添えると特徴的な紅の瞳を隠すように目を閉じ、ため息を吐いた。
「はあ?」
「月一の女子会はいつだったかしら?」
「……」
何が言いたいのか、さっぱり分からないらしい。
眉間にシワを寄せる雪にたいして独り言のように零した。
明らかに彼女に遠回しに教えている。今日が何の日であるかを。
聞き馴染みのある言葉にピクリと身体を硬直させた。
「言い出しっぺがなかなか来なくって困ってるんだけど……」
「…………」
「いつまで経ってもなんで来ないのかしらね?」
紅緒はわざとらしく、眉を八の字にして続ければ、何かを言うこともなく、黙っている。
早速本題とばかりに問いかけ、チラっと横目で見るとサーッと血の気の引いた表情をしていた。
「………………怒りで忘れてた」
「アンタたちまたやってたの?」
「だって!」
ぽつりと呟くそれで何があったのか、察したらしい。
呆れたように腕を組む紅緒にバッと顔を上げて声を荒げる。
また、と簡単に言われるのは複雑なのかもしれない。
「……あとで話聞いてあげるからとりあえず、行きましょう」
「…………」
「雪?」
「……怒ってる?」
いつもクリアな薄水色の瞳が淀んでいる。
怒り、というより悩んでいるに近いのではないかと思ったのだろう。
ポンッと頭をひと撫ですると立ち上がるよう催促するが、重い腰が上がらないのか動きもしない。
時が止まったかのように、動かない彼女を不思議に思ったのか、紅緒はきょとんとした顔をして呼びかけた。
すると、膝を抱えていた手がかすかに動く。
意識を彼女に向けていなかったら、聞き逃すほどの小さな声で聞くそれは、まるで幼子が怯えているようだ。
「
「どっちも怖いじゃん……」
「忘れてる方がいけないのよ。ほら、行きましょ」
誰が、と言っていないのに見当がついたのだろう。
顎に人差し指を添え、考え込む素振りを見せると肩を竦め、答える。
だが、雪にとって結果的にどちらでも同じことらしい。縮こまるように膝を抱えこみ、丸くなる。
それはまるで、無意識に行くことを拒んでいるようにも見える。
ふぅ、と息を吐き出し、紅緒は無理矢理立たせようと彼女の腕を掴んだ。
「うう……」
「ほらほら、これ以上遅れると後がもっと怖いわよ」
「紅緒姉の鬼!」
行きたくない、という気持ちが強いのか、軽く引っ張られても立ち上がろうとしない。
その姿に自然とクスっと笑みが零れる。彼女からしたら、雪のその行動がかわいらしく見えるのだろう。
しかし、甘やかすつもりはないようだ。
片腕では持ち上げられないと分かれば、今度は両腕を抱えるようにして立たせようとする。
もうそれに抗う力はないのかもしれない。力に従うように立ち上がれば、雪は紅緒を睨んだ。
「はいはい、行くわよ~」
彼女の凄みは別に怖くはないらしい。
ズルズルと引きずるように女子会の会場へと向かった。
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