第2話


 シーン、と静まり返る深夜。この夜更けに似つかわしくない子供たちの姿がある。

 いや、子供たちと言うにはちと、大人びている。

 よく見れば顔立ちは二十代そこらだ。


 青を主調する白い女性と黒い男性は戸建ての家を見上げた。

 真新しい白をまとう二階建ての家は寝静まっているのか、暗闇が広がっている。

 二人は夜目が効くのか、街灯もないのに迷いのない足取りだ。裏に回って、塀に上るとベランダが近くなる。

 彼は手すりに手を伸ばし、ひょいと飛んだ。



「……ん」



 簡単に着地してみせると、ぶっきらぼうに手を差し出す。

 エスコートされることがごく普通のようだ。彼女は照れることなく、手を取ってベランダへと飛び移る。

 我が物顔で中へと入れば、誰もいない部屋だった。迷いのない足取りで扉の方へと進み、ドアを開けると二階の廊下に出た。



「で、どこにあるんだ?」

「この奥の部屋よ」



 窓をちらり、と視線を向け、反対側を見れば、部屋に繋がる扉は三つ。

 疑問を投げかけられると女性は廊下の突き当りを指差す。

 物音を立てないよう、慎重に歩いていくと、目的の部屋の前で音が止まる。


 ドアノブをゆっくり回して扉を開ければ、最初に目に入るのは扉の正面に位置する勉強机とその上に置かれた赤いランドセル。

 ちらっと視線を横に動かすとベッドで眠る女の子がいた。その子に近寄れば、彼は眉根をひそめる。



「……おい、ユキ

「何よ。コンのために用意したじゃない」

「お前……」

「ふふーん、ごちそうよ。ほらほら喰べて」



 嫌そうに呼べば、雪は腰に手を当て声高々に言い放った。

 ほめてくれてもいい、と言わんばかりだ。


 偉そうな態度に紺は顔を手で覆い、呆れたような、力なき声で呟く。

 彼がそういうのは無理もない。

 二人の前にいる少女は苦しそうにうめいているのだから。

 けれど、彼女にとってそんなことはどうでもいいらしい。胸を張って自信満々に催促するだけだ。



「断る」

「はあ!? 何言ってんのよ……!」

「どうして毎度毎度、でかい悪夢ばかり探すんだ」



 彼は乗り気じゃなかったのだろう。プイッとそっぽ向く。

 その言い方にか、態度にか。はたまたその両方か。それは分からないが、カチンときたらしい。

 雪は眉を吊り上げ、怒りをぶつけた。


 だが、紺もまた不満が募っているようだ。

 ワナワナと肩を震わせ、射貫くような視線を向ける。



「じゃあ、この子が悪夢にうなされ続けてもいいってわけ? あーあ、かっわいそぉ……」

「そうじゃない……けど、」



 彼を悪者扱いすると眠っている子を憐れんだ。

 いや、憐れむフリ・・をしてただ紺を煽っているだけだ。


 このまま喰べることを拒否してもいいことは何もないと、彼は知っている。

 食事にありつけることはないし、眠っている女の子も悪夢に苦しめられるだけなのだから。

 分かっているからこそ、言葉を詰まらせた。



「ほら、あんたは悪夢を喰べる心優しい黒バクなんだから、さっさとしなさいよっ」

「! ……っ、」



 にやりと口角を上げて紺の背中を強く叩き、前へと押しやる。

 結構な力で叩かれ、顔をしかめると無言で痛みに耐えた。

 力んだ身体の力を抜くためにふーっと、ゆっくり息を吐き出し、そっとベッドに腰をかける。



「はあ……、ここまで放置しなくたっていいだろ」

「ほら、くいっとくいーっと」

「…………」



 悪夢を探せなくても、目の前に用意されれば分かる。

 少女を包み込むような黒い霧に、ツイを睨みつけるが、彼女にそんなものは効かない。

 まるで宴会の席で酒を勧める上司のように、顎で指示するその姿に自然とため息が出た。



「……」

「…………う、……っ、うう…………」



 目を細め、見るのは眠る人の子。ジワリと寝汗を浮かばせ、うめいている。



「……ごめんな」



 ここまで悪夢が大きくなるまで放っていたことへの罪悪感から、ズキリと胸が痛む。

 申し訳なさそうに眉を八の字にすると優しい手つきで頭を撫でた。

 トンッ、と額に指先を触れるとそっと目を閉じる。そのまま、彼は微動だにすることはない。



「……やっと行ったわね」



 雪は勉強机にしまわれていたイスを出して偉そうに座り、呆れたように笑った。


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