最強の勝利

完全に胴体が真っ二つにされたと思っていた、その瞬間だった。

紫色を帯びたオーラのようなものを纏った俺の体はガブリエルが振った斧を体に当たる瞬間でなぜか止まると、ガブリエルの体から赤い鮮血が飛び散った。


「最悪の状況で覚醒し出したわね。マジで想定外だわ。」


後ろに一度飛び下がると、ガブリエルは忌々しそうな声と共に痛みを我慢しているような苦痛な表情をしていた。

ガブリエルの体には俺が斬られそうになっていた部分とほぼ同じ場所から血が流れ出ていたのである。


「助かった、助かったけど無謀すぎる!」


サタンの鼓膜を破るかのような声が耳に響いてきた。

後ろを振り返るとそこには目が赤くなって少しばかり涙目になっていたサタンの姿があった。

俺は無事なサタンの姿を見ると少し安心して、


「でも、これでお互い無事なんだから結果オーライだろ。」


「本当に結果オーライなだけだろ。無謀なことには何も変わらないし、状況は少しも好転しているようには見えないのだが!」


少しばかり怒りに満ちたサタンの声が俺をより安心させてくれる。

俺は自分の体に纏っていた紫色のオーラが消えるのを確認すると、サタンに対して尋ねた。


「で、ここからどうする?」


「そんなこと私が一番知りたい!」


漫才のような勢いでサタンが俺の顔に自分の顔を思いきり近づけて叫んだ。

そんなに顔を近づけないで欲しい。年頃の男子だから少しドキッとしてしまうだろう。

俺はそんなことを思いながら、忌々しそうに睨んでくるガブリエルの方に向き直った。


「何か策とかないのか?最強なんだろ?教えてくれよ。」


俺はガブリエルの方を見ながらサタンに言った。

サタンはと言えば、冷静さを取り戻したのかふぅと息をつき、俺の横に並んだ。


「策なぞあるか。そもそも何かよく分からんが魔術の能力が目覚めたらしいが、戦闘経験ゼロのお前が何か出来るわけないだろ。とりあえず、私の邪魔にならないようにしてればいい。」


「お前、ガブリエルとの会話的にほぼほぼ魔力とやらがない状態なんだろ?」


俺の返しにサタンは苦々しそうな顔をした。


「最低限、移動に使える分の魔力は残っている。スピードで翻弄して何とかするから先ほども言ったようにお前は邪魔にならないようにあの女をかく乱しろ。」


しれっと先程の会話では出てこなかった要求をサタンは言ってきた。

策がないのか、とか偉そうなこと言ったがあれ相手に何かしらかく乱するような動きをしないといけないのだろうか。

そもそも、魔術とか能力とか以前に殴り合いの喧嘩すらまともにしたことない一般人なんですけどと言いたい。


「…、帰ってもいい?」


「先程の自信ありげな言葉はどうしたんだ?帰るのは勝手だが出入口も何もないから帰る場所なんてどこにもないぞ。」


サタンは俺の言葉を一蹴した。

ガブリエルはと言えば、先程から見せていた苦虫を噛み潰したような表情からだいぶ戻り、呆れたようにこちらのやり取りを眺めていた。


「で、何か策は決まったのかしら?別に能力が覚醒したってんなら今この場で叩き斬ればいいだけの話なんだし。特に何もこちらに変更もないわね。」


余裕そうな声音で右手に持っていた斧をクルクルと回しながらガブリエルは言った。

俺はそんな余裕そうな表情を見せるガブリエルに対してどう動こうかと思案をしていた。


「あるさ、お前を倒すためのとっておきの策がな。という訳で、先生お願いします!」


俺はそう言うと、サタンの方を向いた。

サタンは呆れたような表情を浮かべて、冷たい目で俺を見てきた。


「何がお願いしますだ。全く、この男は。まあ、いいや。自分の身は自分で守っておけよ。何かカウンター出来そうな便利な技あるっぽいし。」


俺に向けてサタンはそう言うと、一瞬で姿を消すとガブリエルの後ろに回り込んだ。

しかし、その動きを予測してたかのようにガブリエルは斧を振り回そうとした。

俺はその動きの前にサタンの体の前に無理やり自分の体をねじ込むような形で前に立った。

先程のカウンターのような技を嫌ったのだろうか。ガブリエルは振り回そうとした斧を途中で止めた。

その瞬間、更に高速で後ろに回り込んだサタンが思い切りガブリエルの横っ腹めがけて回し蹴りを決めた。


先程同様、デカい音を立てるとガブリエルの体は俺たちが隠れていた石壁へと激突した。

多分、先程同様にほとんどダメージがないんだろうなと思いながら俺は土煙が登っている方向を見つめていた。


「無茶苦茶だな、お前。まあ、お陰で攻撃の隙は出来たが。如何せん、全力じゃないから相手の防御を破れる気がしない。ただの時間稼ぎにしかならないし、確実にこちらがやられるだけなんだよな。」


呆れたような口調のサタンが冷静に状況を分析していた。

俺の方も土ぼこりが付いた程度でほとんどダメージが与えられていないガブリエルの姿を見ると、その分析が当たっているのを確信した。


「なあ、サタン。イチかバチかなんだけど、俺の作戦に乗ってみる気はない?」


俺は一瞬だけ頭に浮かんだしょうもない考えをサタンに話そうとした。

サタンは俺の顔を一瞥すると、


「どうせ、どう頑張っても手詰まり状態なんだ。無策で突撃するよりかはその作戦とやらに賭けてみるのも一興かもしれないな。」


臨戦態勢に入っているガブリエルをジッと見ながらサタンは俺に対して言ってきた。


「よし、じゃあ決まりだな。」


俺はサタンの耳元にそっと作戦を伝えた。

サタンはそれを聞くと一瞬顔をしかめたが、同時に面白そうにクスクスと笑い出した。


「お前、いかれてるな。」


「最強だのなんだの痛いこと言うお前よりはマシな自信あるぞ。」


俺の返しにサタンは不機嫌そうな顔をして無視すると、土煙の中から現れてきたガブリエルに対して正面から突撃を開始した。


「ついに無策で突っ込んできたのかしら?まあ、いいと思うわよ、潔くて。」


依然、余裕そうな表情のガブリエルが正面から突っ込んでくるサタンに対して言い放った。

俺はそれと同時に先程のように紫色のオーラを体に帯びると、サタンの後ろから同時にガブリエルに対して突っ込んだ。

なるべく、ガブリエルから自分の体が隠れるようにして。


俺の作戦はこうだ。

サタンが突っ込むと同時に背後から俺が突っ込む。

ギリギリまで接近したとこでサタンの能力で瞬間移動を行い、後ろに回り込んでもらったところでサタンの後ろから突っ込んだ俺がカウンターみたいなのを使える技でガブリエルの攻撃を受け止めると言ったものだった。

ほとんど無策に近い特攻に近い攻撃だが、何もないよりはマシである。


「いや、まあそりゃあそうするわよね。」


ガブリエルはまるでこちらの作戦を読んでたかのように瞬間移動をして後ろに回り込んでいたサタンの方をサッと向くとお見通しだとばかりに笑みを浮かべていた。


「そこも想定済みだ。」


サタンは小さく呟くと、更に瞬間移動を重ねた。

ほぼここで決めると言わないばかりの特攻。サタンはガブリエルの遥か頭上に飛び上がった。

「うおォォォォォ!!!」


俺は自分を勇気づけるために大声を上げた。

その声にガブリエルは冷たい目を向けると、俺の方に斧を振りかざした。


「ちなみにいい事を教えてあげる。私レベルの大天使になればね、カウンターを受けて自身に傷をつけたとこで瞬時に治すことも訳ないのよ。」


勝ち誇ったようにガブリエルは俺に言ってきた。

何のためらいもなく、ガブリエルの斧が俺の腰辺りに当たる感触を感じた。


「そうだよな、そう来るよな。」


俺はそう自分に言い聞かせると、腰辺りに当たってきた斧をそのまま受け入れようとした。

体の周りを覆っているオーラに斧が当たると、同時にガブリエルの腰辺りから血が噴き出した。

しかし、その直後に薄い緑色の光が発せられるとガブリエルの言葉通り血が噴き出した部分が急速に治っていくのが見えた。

俺はその状況を確認すると、体全体を硬直させて、オーラに当たり少しばかり勢いを失った斧をがっちりと体全体で掴んだ。

そして、ガブリエルの両腕を掴むと、ガブリエルの顔に思いっきり自分の顔を近づけた。


「やっと捕まえた!」


決死覚悟の賭けに近い作戦。後は頭上にいるサタンが思い切り全魔力を込めた一撃をお見舞いするだけである。

しかし、ガブリエルはその状況ですら薄ら笑いを浮かべていた。


「一撃で決めるつもりだけど、その程度の魔力の一撃で私を倒せると思ってるの?」


頭上から振りかざしたサタンの一撃を受け止めると、ガブリエルはサタンに言い放った。


「クソがっ!やっぱりこいつの結界のせいで根本的に一撃で仕留めれる魔力が足りていない。」


サタンは何とかしてガブリエルの体を覆っている防御魔法を割ろうとするが嘲笑うかのようにその一撃は防がれていく。


「まだだ、まだ奇跡は起こせる!」


俺はそう言うと全身に駆け巡っているかのように感じた魔力を一気に掴んでいたガブリエルの腕に集中させようとした。


その瞬間だった。パリンと言う音と共にガブリエルの周りを覆っていた魔法陣が消えると、頭上から攻撃を仕掛けていたサタンの両手には昨日見たあの大剣が掴まれていた。


「これで終わりだ!」


サタンがそう言い放つと、白い光を帯びた一撃が致命傷を避けようとしたガブリエルを襲った。

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